ベーコン『ノヴム・オルガヌム(新機関)』
本書を読むのは文庫版だけでもこれで3度目になります。研究上の必要からですが、読んでみるとやはり面白いです。さすがに古典といわれる本は違います。
でも、ベーコンの面白さというのはあまり論じられていないような気がします。実にイギリス人らしい思想家だと思いますし、イギリスでは実際に現在でも著作が版を重ねています。もしも本書が若い人にも読まれ続けているとしたら、頼もしい限りです。
イギリスの思想家は全体に共通して「人間の知性にはおかしいところがある」と考えているところがあるように思います。人間が論理的に一分の隙もなく論理を組み立てたとき、つい眉につばをつけて斜めから見てしまうようなところがあります。
そういう燦然と輝く理性の光は歴史的には常に大陸からやってきたからでしょうか。その手の理性信仰に対しては、ゆめゆめ警戒を怠るなとみんなで申し合わせでもしているかのようです。そして、この流れは言うまでもなくD.ヒュームにもJ.S.ミルにも受け継がれています。
そのあたりを伝える箇所を本書から引用すると、次のような感じになります。
「推論によって立てられた一般命題が、新たな成果の発見に役立つことは決してあり得ない。なぜならば自然のもつ精細さは、推論のそれを何倍も越えるものだから。しかし個々的なものから正当に順序立てて抽出された一般命題は、逆に新たな個々的なものを容易に指示し・提示し、したがって諸学を働きあるものにする」(24節、77頁)
この「自然のもつ精細さ」というのが面白いところで、これに直接向き合うものとして実験と帰納を位置づけているのがベーコンの特徴です。この点でベーコンは二十世紀の単純な科学万能主義者とは随分違うところを見ているのです。
こういう単純さの中に、微妙で重要な要素を含めて論じることができるのが偉いところです。ここには現場の直感がはたらく余地が確保されているからです。そういえば私の師匠の本に『臨床の知とは何か』というのがありました。もう一度読んでみます。
歴史学者のドーソンは、自然科学者たちはデカルトよりもベーコンに拠ったと述べていましたが、この素朴さは科学の現場ではworkしやすいのだろうと思います。それは、考えに考え抜いて議論を重ねるポッパーの反証可能性よりも、結局のところ使えるものになっているのではないかというのが私の見立てですが、どうでしょう。
(桂寿一訳岩波文庫1978年660円+税)
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- ドイツ語で読む珠玉の短編(2026.06.23)
- 山本七平『小林秀雄の流儀』(2019.07.28)
- 田中圭一『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』(2017.02.20)
- 天外伺朗『宇宙の根っこにつながる生き方 そのしくみを知れば人生が変わる』(2017.02.19)
- 柴田昌治『「できる人」が会社を滅ぼす』(2016.12.30)
この記事へのコメントは終了しました。


コメント