奥田英朗『ララピポ』
これは何とも痛々しい小説ですが、著者の他の作品と同様、読後感は決して悪くありません。裏表紙の宣伝文に「下流文学の白眉」とありましたが、社会の隅っこにいる情けないけれどどうしようもない人たちの群像悲喜劇です。
かなりえげつない性の問題を扱っていますが、シュニッツラーのロンド(輪舞曲)みたいな感じで全体が構成されているのはさすがです。登場人物に男女を問わず、ここまでうんざりするほど自己観入できてしまうのは著者ならではでしょう。
要は、人間は愚かだなあということがしみじみとわかる小説で、悲惨な話が連作になって見事につながっています。中でも一番すごい人物造形は、体重90キロの「デブ専裏DVD女優で口述筆記されたエロ小説のテープリライター」という女性ですが、これはこれで実にしたたかな女性でもあって、現実に十分ありそうな気がしてきます。
その登場人物がこう述べています。
「世の中には成功体験のない人間がいる。何かを達成したこともなければ、人から羨まれたこともない。才能はなく、容姿には恵まれず、自慢できることは何もない。それでも人生は続く。この不公平にみんなはどうやって耐えているのだろう」(298-299頁)
しかし、この小説の登場人物たちと実は紙一重のところに自分の人生もあるのです。違いがあるとしたらささやかな幸運だけでしょう。登場人物の中にはW大政経学部卒の対人恐怖症のフリーライターが出てきます。学歴だけは彼の誇りですが、対人恐怖症のため、どんどん仕事を失っていきます(でも、こういういやーな感じの学歴差別意識を露骨に持っている人は大学には結構いますね。こらえきれずに口に出す人もいます)。この人物は学歴エリートの意識を捨てられないだけに一番惨めな感じになっています。
実際、私も現にいつ職を失って食い詰めるか分かったものじゃあないですし、そうなったら自分でも何をしでかすか分かったものじゃありません。今こうして何とか無事に生きていられるのも本当にありがたいことです。感謝しなければいけない人がいっぱいいすぎて、南無阿弥陀仏とでも言いたい気分です。
ところで、ララピポというのは一種の空耳です。渋谷の街を歩きながら登場人物が耳にした言葉ですが、もとは英語です。そういえば、その昔、レット・イット・ビーが「レリピー」に聞こえたのを思い出しました。最近はラリピーというのもありましたね。いやシャブピーでしたっけ。
(幻冬舎文庫平成20年600円+税)
| 固定リンク
「書籍・雑誌」カテゴリの記事
- ドイツ語で読む珠玉の短編(2026.06.23)
- 山本七平『小林秀雄の流儀』(2019.07.28)
- 田中圭一『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』(2017.02.20)
- 天外伺朗『宇宙の根っこにつながる生き方 そのしくみを知れば人生が変わる』(2017.02.19)
- 柴田昌治『「できる人」が会社を滅ぼす』(2016.12.30)
この記事へのコメントは終了しました。


コメント