マーシャ・ガッセン『完全なる証明 100万ドルを拒否した天才数学者』
いわゆる「ポアンカレ予想」を証明したロシアの数学者ペレルマンの評伝です。1967年生まれのペレルマンは2002年にこの世紀の難問の証明を成し遂げますが、その後フィールズ賞も100万ドルの賞金も受け取りを拒否して隠遁してしまいます。
本書はペレルマン自身を除く周囲の人の証言を可能な限り集めて作られています。周囲から照らそ出されるこの数学者には、極度に美しい魂の輝きがあることがわかってきます。また、そうした天才を育んだ旧ソ連の数学教育が、出鱈目な圧政下で多くの犠牲を伴いながらも学問的自由を守り通してきたことも活写されています。
著者もそうしたソ連で育って数学に志しながら、結局一家でアメリカに亡命しました。ペレルマンと同い年生まれで、他人事とは思えなかったのでしょう。取材には著者がバイリンガルであることも大いに役立っています。
それにしても、1980年代においてさえも旧ソ連では数学の大学院の試験に共産党史の知識が問われていたというのは驚きでした。さすが社会主義の本家だけのことはあります。当時すでに他の東欧諸国では数学などに政治が干渉するすることはなくなっていたのではないでしょうか。
ポアンカレ予想というのは「なめらかで単連結の三次元多様体は球面に微分同相だろうか」という問いかけですが、まあ、そんなことはわからなくても本書は十分楽しめます。
それにしても数学者の頭の中はどうなっているのか想像がつきません。本書の後半に中国人数学者の剽窃コンビが出てきますが、そういうセコい連中なら身近にも沢山いて、実にわかりやすいのですけどね。
訳者解説にペレルマンの近況が語られていて、ちょっとほっとさせられます。決して悲惨な話ではなく、読後感は悪くありません。
翻訳は全体に読みやすく、こなれた日本語ですが、前半の所々で意味のとりにくい箇所があって気になりました。何か単純なことだろうと思うのですが、言葉足らずのような気がします。いい本だけに玉に瑕とはこのことでしょうか。編集者もしっかり読んでほしいと思います。
(青木薫訳、文藝春秋社2009年1667円+税)
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