内田樹『邪悪なものの鎮め方』
以前出した行政法のテキストを改訂しようと思って、このところ法律の本ばかり読んでいたため、ブログの更新が滞ってしまいました。何せ、法律書を丹念に読んでいると、一日一冊どころか、2週間くらいかかってしまうからです。とりわけ面白い法律書(なんてものも稀にはあるのです)は困りものです。そちらの本についてはまた別に紹介します。
というわけで、久しぶりに趣味の読書に復帰しました。内田先生の新刊です。いい本です。おすすめです。ことに日々「邪悪なもの」にさいなまれている人には有益です。まあ、実際に多くの勤め人がそうなんじゃないかと思いますが、組織の中で権力が絡むと、邪悪な人たちは百鬼夜行のようにぞろぞろと徘徊し始めます。
そんな怪しいものに出会う前に避けることができればいいでしょうけれど、そうもいかないのがサラリーマンのつらいところです。そうそう、学会とか研究会でもお目にかかります。そうなってくると、どうやってそいつらをやり過ごすかということになりますね。
しかし、邪悪なものというのは、自分では善人だと思っている人に宿ることがしばしばなので、当人とサシで話をしていると他人の痛みに対しては呆れるほど鈍感でお気楽だったりします。使命感に燃えていたりするといっそうたちが悪いのです。
テロリストなんかがふだんは模範的市民として通っていたと報じられても、別に驚くことはありません。たぶん本当にいい人だったのでしょう。それが驚くべき行動と矛盾していないのが邪悪さの邪悪さたるゆえんです。
本書で印象に残ったのが「呪い」についてのいくつかの考察です。中でもアメリカが日本にかけた呪いというのが「日本は第二次大戦の結果4等国に転落し、精神年齢12才の国民が再び世界的強国になるのは不可能だ」というもので、なるほどこれを振り払うためにわが国は驚くべき経済成長を戦争の延長としてやり遂げてきたことがわかります。
しかし著者がすごいのは、この呪いと同時にかけられていたもう一つの呪い、すなわち「呪いはそれをかけたものによってしか解除できない」(130頁)という無意識的な「目に見えない呪い」を指摘するところです。
この呪いを解くには、日本は世界の一等国だということをアメリカに認めてもらうしかなくなるわけですが、アメリカはそんなことをした覚えは全くないのだから、何だかいつも過剰に忠誠を尽くしてくれるのを怪訝に思っているような気がします。
この呪いによる説明は、日本の戦後の不思議な対米追従外交のパターンをうまく説明してくれます。アメリカ牛肉輸入再開をめぐって著者は日本人がアメリカに心中立てして死んで見せて、そのあと亡霊となって蘇り、アメリカを呪い殺したがっているのだと見ています。
なるほどこうした筋書きを心の底で描いていると言われてみれば、そんな気がしてきます。いや、たぶんそうなのでしょう。
しかし、フロイト的に言えば、このように言語化することで意識的に問題を捉え返すと、呪縛から抜け出せるかもしれません。著者の狙いもきっとそこにあるのでしょう。
合気道の実践に裏付けられた著者独特の身体感覚的考察も、いつも通り冴え渡っています。頭だけで考えていては絶対到達できない境地というのを垣間見せてくれます。人生を生きやすくなる思想です。
(バジリコ2010年1600円+税)
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