C・S・ルイス『悪魔の手紙』
本書を読むのは二度目になります。1942年にイギリスで刊行された当時はベストセラーだったそうですが、宗教的にも知的にもかなり高度な内容の本です。当時のイギリスの読書人はかなりのハイレベルだったのではないかと思います。同じイギリスでも、今だとそうは行かないんじゃないでしょうか。
ある若者を誘惑しようとする新米の悪魔に、その叔父でもある先輩の悪魔が手紙を通じて助言をするという設定です。うっかり読んでいると登場人物の関係がわからなくなるので、相当しっかりと集中していなければなりません。
ちなみに本書で「敵」というのは神のことで、「彼」はキリスト、「彼ら」は精霊です。キリスト教嫌いのわが国では本書はベストセラーにならないはずです。解説の蜂谷昭雄氏も偉い人なのかもしれませんが、本書ではかなり頓珍漢なことを言っているので、読者の理解の助けにはなりません。翻訳書としては不幸な生い立ちの本かもしれません。
しかし、そのあたりの難所をかいくぐると、悪魔がどんな手段をとるのかという点について見事なカタログとなっています。筒井康隆ではありませんが、キリスト教的な「俗物図鑑」です。宗教的俗物、平和主義的俗物、愛国主義的俗物、民主主義的俗物、現代思想的俗物と、まさに悪魔の手に落ちんばかりの俗物が勢揃いです。悪魔が身近な実在であることがよくわかります。
また、本書は諷刺文学にとどまるものではなく、若者が天に召される(「敵」の手に落ちる)ときの描写は、ルイスの独特の死生観が投影されていて、なるほどという感じがします。
人が死ぬときのことをきっちり書くのは、その死後のこともしっかり見通せているからでしょう。そこが書ければ、ルイス本人としては、自身の肩書きが作家でも哲学者でも中世文学研究者でも、何でもよかったのではないでしょうか。困るのは分類好きの研究者だけでしょう。
実は今、権力をめぐる快楽と恐怖そして幸福との関係について一年くらいかけてまとめたいと思っています。本書をまた読んでみたのも何か書かれていそうだからでしたが、残念ながら今考えていることに直接示唆が得られたわけではありませんでした。でも、すごい本ですね。いつか何かの役に立つのは確かです。権力についてはもっと身近なところで、さしあたり大学政治や学校経営なんかを観察することにしたいと思います。
(森安綾・蜂谷昭雄訳、新教出版社1978年、新装版1994年2,000円+税)
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