チェーホフ『かわいい女・犬を連れた奥さん』小笠原豊樹訳
チェーホフは戯曲から入ったので、小説を読むとどうしても戯曲のイメージと重なります。今まで観た中ではハンガリーの個性派女優ウドヴァロシュ・ドロッチャの演技が印象的だったので、女性の登場人物についてはつい彼女の演技が浮かんでしまいます。
ともかく人間の愚かさを観察させたらチェーホフの右に出る作家はいないのではないかと思われるほどですが、チェーホフの描く人物は饒舌で猛々しいか、理屈っぽい皮肉屋でなければ寡黙で愚鈍というタイプが多く、ふつうに賢い人というのがあまり出てこないような気がします。「かわいい女」なんてフェミニストが読んだら怒り出しそうな気がします。
もちろん、そういう人たちが織りなすドラマは可笑しくも悲しい独特の現代的な味わいがあるのですが、これが小説として書かれると、フェミニストならずとも、この作家は女性の賢さというものを(ひいては人間の賢さも)発見できなかった人なのではないかと思われてきます。
この点がドストエフスキーと違うところなのでしょう。信仰ないしは世界観の違いかもしれません。世界がちょっと壊れてしまっているのを本人もどうしようもないと感じているというところでしょうか。だからこそ現代人の感覚にぴったりはまるところがあるのでしょうけれど。
翻訳は名手としての誉れ高い神西清の訳文よりも違和感がありません。実は昔から小笠原豊樹というより詩人としての岩田宏のファンだったので、つい手に取ってしまったというのが本当のところです。でもさすが詩人です。いい訳文で感心しました。
それにしても翻訳家としての小笠原豊樹はマヤコフスキー(露)、プレヴェール(仏)、ブラッドベリ(英)と三カ国語も名訳を残しているスーパーマンです。どういう頭をしている人なのでしょうね。
(新潮文庫平成17年改版438円税別)
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