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2010年4月21日 (水)

加能作次郎『世の中へ・乳の匂い』

 外国の小説を読んだあとでこの小説を読むと、自然や人間心理のあやが綿密に描かれていて、大変な湿度を感じます。著者自身のことを題材にした小説ですが、これほど様々な経験をしたからには、きっと書かずにはいられなかったのだろうなと感じました。
 幼いころから丁稚奉公に出て苦労を重ね、かなりえげつない人生の裏面を見ながら主人公が成長していくのですが、それが決して恨み節にならずに、美しいリズムのある文章で綴られるところが素敵です。湿度は感じますが、爽やかなところがあります。人間の出来が上品なのでしょう。
 まあ、いずれにしてもこんな見事な文章が書ける人ですから、作家にならない手はなかったのでしょうが、苦学をしながらしっかり勉強して外国文学の翻訳も出しています。相当な努力家ですね。そしておそらく外国語の翻訳という作業を通じて自身の日本語を点検することも文章力の向上にもつながったのでしょう。
 著者と同時代の作家では宇野浩二がいます。同じ私小説でも味わいは全然違いますが、時代的には共通するところがあり、久々に宇野浩二の『蔵の中』を読んでみたくなりました。
 このところ小説付いています。まだしばらくは小説を読んでいたい気分です。きっと実人生で殺伐とした気分になることが多いからでしょう。他人について、がっかりさせられることが重なると、確かにやりきれないものです。しかしこの点で、文学というものは少しだけ救いになるような気がします。

(講談社文芸文庫2007年1400円税別)

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