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2010年4月 4日 (日)

池谷裕二・糸井重里『海馬 ―脳は疲れない―』

 中高年を勇気づけてくれる本です。それも思いっきりです。加齢とともに脳が衰えるということがはっきり否定されています。若者よりも30才以上の人の方が「経験してわかる」ことに関しては発達していると言われると、自分自身を振り返っても確かにそんな気がします。
 実際、私自身について言えば、本を読むスピードは若いときより現在のほうが格段に速くなっていますし、スロージョギングとナンバ走りを組み合わせてトレーニングしているおかげで持久力もついています。
 本については、速読によって読書量が増えることで、理解力も上がってくるように思います。まあ、自己満足かもしれませんが、カントの三批判やヘーゲルの『大論理学』を読んでいなかった20代前半よりは、思想史の見取り図が頭の中にできてくれば、流行の現代思想にはたじろがなくなります。
 これも通勤時間が片道2時間かかるおかげです。週日9時から5時まで教務事務の仕事をしていますが、電車の中でくたびれて眠ってしまわない限り、本によっては二~三冊読めます。ブログや論文の原稿も電車の中で書いているので、乗車時間の全部を読書にあてられるわけではありませんが、さまざまな辞書を使う翻訳作業を除けば、私にとって電車の中は移動書斎のようなものです。

 本書では脳の特性と可能性がいろいろと示されていて勉強になりました。思わず付箋を貼ったところを以下に抜粋してみます。
・ぼくの知っているかぎりでは、一流と言われるような人で無口な人って、ひとりもいないんですよ(糸井)
・脳は死ぬまで休まない―脳はいつでも元気いっぱいなんです。全然疲れない(池谷)
・いろんなものを吸収して豊かな人になることと、頭をよくはたらかせることはひとつのことだって、すばらしいですね(糸井)
・昔の科学は結果勝負なところがあって、ぜんぶを証明してつくりあげたあとにはじめて発表していたんですが、今は仮説のまま公表しちゃうんです。仮説の発表後に人が寄ってきて、その仮説を証明していくというように、科学全体がプロセス重視に変わっているんです(池谷)
・頭のいい人は、長期的な視点でみれば案外進化しない、とぼくは思っているんです(池谷)

 とまあ、もちろんこれだけでは何だかわかりにくいと思いますが、対談の中にいろんな発想の鍵が含まれています。
 それとは別に池谷裕二氏は小学校まで勉強がまったくできなかったそうで、小学校6年で漢字テスト100点満点中2点だったとか、驚くべきことが書かれています。基本的に記憶が苦手で、数学は公式が覚えられないので、問題を見てから公式を導き出すというとんでもない頭の使い方をしていますが、これがかえってよかったのかもしれません。

 そういえば橋本治も同様の解き方をしていたとどこかで読んだことがあります。二人とも、そして糸井重里も本当に頭のいい人だと思いますが、学校秀才的な頭の良さではないところが面白いと思います。
 天才への道は、それはそれで凡人には真似できないですけれど、進む方向なら断然こっちでしょう。ちょっとでも天才に近づけるだけで本当に面白いですから。

 学校秀才は答えの決まった問題の解法を暗記しているだけなので、ご苦労なことだなあと思いますが、年とともに融通が利かなくなって、頭が悪くなっているように見えます。正解も解法もない現実問題の前では手も足も出せずにただただ固まっています。
 学校秀才のタイプには絵に描いたような学校自慢、偏差値自慢だけではなく、それなりに社会的に洗練された変化形がありますが、やはり何よりも悲しいのは、そういう人たちが何より話をしていても面白くなくて、全然魅力的ではないということでしょう。

 もちろん東大出(比喩です)でも滅法面白い人もいるのですが、そういう人は秀才の限界というものを心得ている点が違うのでしょう。かえって段違いに成績優秀だったりもしますから、一筋縄ではいきません。
 コンプレックスには劣等複合意識だけでなく優等複合意識もあるので、そうした色眼鏡を本当に取り払うことができるかどうかということと、他人に対して優しい気持ちで接することができるかということが鍵なのだと思います。

(新潮文庫平成17年590円税別)

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