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2010年5月26日 (水)

C.S.ルイス『天国と地獄の離婚 ひとつの夢』(柳生直行・中村妙子訳)

 天国は夢のようにぼんやりした世界ではなくて、現世よりももっと実在的で、極めて明確な美しい世界だというのがルイスの考えです。ルイスの『キリスト教の精髄』でも同趣旨のことが書かれていましたが、それを文学的に表現すると本書のような作品になります。
 せっかく天国に近づきながら煉獄や地獄に戻っていってしまう人びとはみんな自分のことにしか関心がなく、きれいごとは好きでも本当に美しいことには何の関心もないという連中で、天国か地獄かという選択を迫られると、自分可愛さのために一見楽で安全に見える地獄を選んでしまいます。つまらない人間が沢山出てきて、この世の醜さそのものを見せられているようです。
 あらゆる価値の源泉である絶対的な世界は、プラトン流に言えばイデアの世界ですが、そちらの方が固くて重くて触ると痛いのですが美しさがあふれ出てくるような物質で出来ています。そちらの世界は時間も超越していますが、サイズも超越しているということは本書での発見でした。大きいのです。それもとてつもなく。だから、地獄へ引き返す人間はどんどん小さくちっぽけになってしまいます。
 印象的なフレーズを以下に挙げておきます。

 「いっそのこと、生まれてこなければよかったわ。あたしたちはいったい何のために生まれてくるんでしょう?」
 「無限の幸福のためですよ」(89頁)

 [天国では]「有名な人間は一人もいないという意味ですか?」
 「みんなが有名なんですよ。彼らはみな、完全な裁きをなしうるただひとりの方に、知られ、覚えられ、認められているのです」(124頁)

 ルイスの立場が良く出ていると思います。

(新教出版社2006年1900円+税)

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