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2010年5月31日 (月)

河添恵子『中国人の世界乗っ取り計画』

 中国人は世界中で居住区というプチ中国を作っていて、世界のどこでも嫌われているということが、本書ではつぶさに取材されています。そうなんだろうなと思います。実際、世界中が迷惑していることは中国人自身も知っておいたほうがいいでしょう。
 中国人については、同じような内容が書かれていても五十嵐らんの本の方が、そこはかとない愛情が感じられて読みやすいと思いますが、その点で本書の著者は思いっきり突き放しています。
 自分の国の風俗習慣をそのまま外国に持ち込んで生活してしまうのは、ある意味で感心させられます。とにかく、近代市民社会のルールをまったく理解していない人たちなので、まとまると恐ろしいほどの破壊力を持つに至ります。
 個々人は自分とその一族郎党のことしか考えていませんが、そういう人びとが大挙して押し寄せてくれば、世界中どこにでもチャイナタウンが出現するというわけです。
 これが著者の言う「世界乗っ取り計画」というわけですが、結果として計画に見えるということで、本人たちは深いことは考えていません。おそるべき人たちですが、数字の上では世界の五人に一人が中国人ですので、この事態は来るべくして来たと言えます。
 中国政府も移民を後押ししていますし、わが国の政府も留学生30万人計画なんてものを打ち出しています。こりゃあとんでもないのがやってきますよ。本当に覚悟はできているのでしょうか。
 かくいう私もこの十年ほどその中国人留学生を預かる職場にいますが、実際、日本人と結婚した女子留学生はかなりの数に上ります。幸い、今のところ幸せな家庭を築いているという例しか見ていませんが、そこで生まれた子どもたちの世代になると、ちょっと変わってくるのではないかという気もしています。両方の文化がわかる人が増えてくれば、文化の梯となってくれる人も増えるわけで、そう悲観しなくてもいいかもしれません。
 もっとも、日本と中国の悪いところを二乗した悪魔のようなような子どもが育つ可能性も考えておいたほうがいいかもしれませんが。

(産経新聞出版平成22年1,300円+税)

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2010年5月29日 (土)

司馬遼太郎『空海の風景(下)』

 いやー、面白かったです。空海はもちろん、密教のことも最澄のことも、そして藤原氏の権力抗争についても手に取るようにわかります。日本史の教科書をいくら読んでもピンと来ないことは、本書で初めて生き生きとしたつながりを見せてくれるような気がします。
 真言密教というのは理論だけではなくて、それに伴う行ないがいろいろと神秘的なので、今でもちょっとした異能のお坊さんがいたりするのですが、その大本締めの空海はさすがに異能の固まりのような人だったみたいで、うさんくさい雰囲気もたっぷりあります。このあたりが魅力的に見えてくるまでにはある程度年を経なければならないのかもしれません。
 著者は若いころはあまり空海のことは好きではなかったと「あとがき」にも書いていますが、こんな本を書いてしまうまでの著者の思考の流れにも興味がわきます。その意味では著者のかなり長い「あとがき」も面白かったです。もっとも、ただでも小さい文庫版の活字がさらに小さくなっているのには閉口しましたが。
 で、どうやら空海は著者によると「日本の歴史のなかではめずらしく思想家であった」(241頁)とのことです。確かにその思想と行動のパターンは思想家のそれです。だったら私も遅かれ早かれいずれは空海に取り組まざるをえないようです。

(中公文庫1978年、1994年20刷580円)

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2010年5月26日 (水)

C.S.ルイス『天国と地獄の離婚 ひとつの夢』(柳生直行・中村妙子訳)

 天国は夢のようにぼんやりした世界ではなくて、現世よりももっと実在的で、極めて明確な美しい世界だというのがルイスの考えです。ルイスの『キリスト教の精髄』でも同趣旨のことが書かれていましたが、それを文学的に表現すると本書のような作品になります。
 せっかく天国に近づきながら煉獄や地獄に戻っていってしまう人びとはみんな自分のことにしか関心がなく、きれいごとは好きでも本当に美しいことには何の関心もないという連中で、天国か地獄かという選択を迫られると、自分可愛さのために一見楽で安全に見える地獄を選んでしまいます。つまらない人間が沢山出てきて、この世の醜さそのものを見せられているようです。
 あらゆる価値の源泉である絶対的な世界は、プラトン流に言えばイデアの世界ですが、そちらの方が固くて重くて触ると痛いのですが美しさがあふれ出てくるような物質で出来ています。そちらの世界は時間も超越していますが、サイズも超越しているということは本書での発見でした。大きいのです。それもとてつもなく。だから、地獄へ引き返す人間はどんどん小さくちっぽけになってしまいます。
 印象的なフレーズを以下に挙げておきます。

 「いっそのこと、生まれてこなければよかったわ。あたしたちはいったい何のために生まれてくるんでしょう?」
 「無限の幸福のためですよ」(89頁)

 [天国では]「有名な人間は一人もいないという意味ですか?」
 「みんなが有名なんですよ。彼らはみな、完全な裁きをなしうるただひとりの方に、知られ、覚えられ、認められているのです」(124頁)

 ルイスの立場が良く出ていると思います。

(新教出版社2006年1900円+税)

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2010年5月24日 (月)

司馬遼太郎『空海の風景(上)』

 昔買っておいたもので、読もう読もうと思っていて時間がたったら、活字の小ささが目にこたえる年齢になっていました。昔の文庫本は本当に字が小さいですね。
 それはそうと、これは独特のエッセーのような文体で空海の実像に迫った快著です。ただ、著者の文章でいつも気になるのは、日本のことを「この国」と書くところで、これがなかったらもっと早くからファンになっていたと思います。
 日下公人が司馬遼太郎のことを、おんぼろ戦車に乗せられて国家に殺されそうになったからではないかと言っていましたが、そうかもしれません。
 そういう人ならわが国のことを「この国」と他人事のような言い方をする資格もないではないだろうと、さすがに優しい日下さんらしい見方でしたが、私もその見方をとることにして以来、司馬遼太郎に関しては、まいっか、という気になってきました。
 前にも書いたことですが、もう一度書いておきます。私の師匠は決して保守的な人ではありませんでしたが、しっかり「わが国」と書く人だったので、単純な岩波知識人とは違うなと妙に感心させられたことがありました。司馬遼太郎以外はやっぱり「わが国」と言ってほしいものです。
 で、本の内容はすばらしいと思います。よくもここまで調べ上げて、人情の機微を書き込む描写の鋭さは、著者の小説家としての力量が並外れたものだということがわかります。

 続きは下巻の感想に書きます。もうしばらくお待ちください。

(中公文庫1978年[1994年21刷]520円)

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2010年5月23日 (日)

廣中邦充編著『ありがとう 子どもは悪くない! やんちゃ和尚 これで子どもは救われる』

 以前から勤め先のある岡崎市に、問題児をお寺に住まわせて更正させる面白いお坊さんがいるという話を聞いていましたが、それがこの著者でした。ご本人の写真を見るとなるほど肝の据わった良い感じの人です。いつか機会があったら、お寺に差し入れを持って訪ねてみます。
 人生に苦難はつきものですが、そこから逃げずに自力で解決する力を養うことが、このお寺での大家族のような生活のポイントです。著者は苦難からは「逃げるな、逃げると追われるぞ」と言っているそうです。なるほどそうですね。
 子どもがグレ始めて困っている親御さんにとっては指南書になりそうです。うちの子も今はまだですが、いつどうなるか知れたものではありません。でも本書には立ち直っていった子の手記も載っていて希望が持てる気がします。
 幸いながらさしあたり自分の問題ではありませんが、家内の友人でひきこもりの子どもを二人抱えて途方にくれている主婦がいます。本書をそれとなく勧めてみようと思います。お寺の連絡先も載っていますし。お寺が順番待ちでも、同趣旨の場所が全国にかなりあって、そこの連絡先も載っています。切羽詰った人には福音だと思います。

(日本標準2010年1600円+税)

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2010年5月19日 (水)

池谷裕二『進化しすぎた脳 中高生と語る[大脳生理学]の最前線』

 新刊が面白かったので、これも取り寄せて読んでみました。これはこれでなかなかのものでした。高校生に語るというスタイルはいいですね。最前線の学問の内容だけでなく、著者の優しい人柄まで伝わってきます。
 本書でなるほどと思ったことの一つは、自己同一性を保つために神経細胞は増殖しないというところで、確かにここが変わってしまうと「自分」を生み出すもとまでが変わってしまいますからね。
 また、人の記憶が曖昧なことは臨機応変な適応力の源にもなっているという指摘は、面白い見方です。ふだんでも想像力で補ってモノを見ているのですから、生きていく上では写真のように正確に覚えることがいいというわけではなさそうです。
 さらに、複雑系を考えることで科学に新たな視点が導入されたことも、わかりやすく指摘されています。神経細胞もまた複雑系で動いていると著者は言います。ここの動きは単純なパターンしかなくても、これがたくさん集まったらどうなるかわからないわけで、そのとき脳のネットワーク全体を見なければならない(250頁)という指摘は、社会を見るときのヒントにもなるように思います。まあ、社会なんて結局脳の働きですから、あたりまえといえば言えるのですが、社会科学にとっても重要な示唆を与えてくれます。
 でも、そうした複雑な動きは脳の内なる情報のトップダウン的な処理が初めにあって可能になるというのが著者の仮説です。このあたりの考察が今後どのように展開されていくのか興味があります。
 若い人が本書を読むとみんな脳科学に進みたくなっちゃうかもしれません。現にそういう人もすでにいるみたいですし。それくらい魅力的な本です。

(講談社ブルーバックス2007年1000円税別)

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2010年5月16日 (日)

クリストファー・ソーン『太平洋戦争とは何だったのか 1941~45年の国家、社会、そして極東戦争』(市川洋一訳)

 第二次大戦中の西欧諸国の人種差別的な言動が実に丹念に調べられていて、辟易させられます。ルーズベルトの対日発言なんて気分が悪くなります。
 本書は日本の戦争における人種差別撤廃という理念が結果的に実現されていったということが自ずとわかるように書かれています。まあ、公平に見てそうなのでしょうけれど、戦勝国の歴史家からそんなに持ち上げてもらわなくてもいいんじゃないかと、戦後教育を受けた世代としては、ちょっと遠慮したい気持ちになります。
 それにしても多くの資料や文献が用いられていて感心させられます。もちろん旧日本軍のえげつない側面も遠慮なく書かれていて、その点で著者の公平な態度は感じられますが、資料批判自体が十分なのかどうかは、また改めて研究される必要があるでしょう。
 ただ、著者が日本語の文献を読めないというのは、研究者としては情けないのではないでしょうか。歴史学者や言語学者というのは、大体どこの国の言葉も半年から一年くらいしたら文献講読ができるくらいまでマスターできる人たちだと思っていましたが、それは日本だけのことかもしれません。
 そもそも私か知っているハンガリー史の研究者仲間はみんな最低3~4カ国語はこなします。それって外国史研究者の必須条件だと思っていましたが、文献に恵まれた英米の研究者にはそもそもそんな考えがないのかもしれません。
 この点ではこれからの世代の研究者にはまだまだやることがいっぱいあります。現代史はこれから徐々に秘密資料も公開され、資料が整理されていく分野です。太平洋戦争についても今後、わが国はもとより諸外国からも新たな研究者が出てくることが期待されます。
 翻訳は複雑な言い回しが実に読みやすく処理されているように思います。日本語として読んで気になるところはありませんでした。相当に力のある訳者なのではないでしょうか。

(草思社2005年1900円+税)

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2010年5月14日 (金)

勢古浩爾『女はどんな男を認めるのか 10歳からの男と女の基本』

 本書は女性にモテるための指南書なんかではないので、念のため。タイトルだけでは、著者の本でなかったら買わなかったところでした。例によって、はにかみ親父のつぶやきのような文章ですが、これが結構癖になるんです。
 もちろん本書には著者他の本と同様、文体の魅力だけではなく、鋭いツッコミと共に、オリジナルな内容があります。
 まず初めのところに「愛情を得ることはだれにとってもうれしいことだ。しかし、考えてみると、愛には格別にすることがない」(14頁)とあります。言われてみればその通りですが、言われてみないと気がつかないことを書くのはやはりたいしたものです。
 同様に、「人と人が出会うとき、一番最初に判断するのはまず、男か女か、である」(80頁)というのもそうで、まず人間とはいかないのがわれわれの宿痾のようなものです。
 で、メッセージはさしあたり男に向けて書かれているので、まずは「基本的に信用のできる男」になれということ(150頁)、そして「男か女の人生において、愛するものとともに生きていくことに勝るものはない」(225頁)とまで断言します。
 なるほどちょっと驚きですが、恋愛なんかより仕事が大事という単純な硬派の主張ではありません。愛を舐めたらいかんのです。「愛にたいして斜に構えることは意味がない。嘲ってもなんの意味もない。命短し。愛は単純に肯定していいのだ」(234頁)と述べています。
 要するに著者は思想家の部類に入る人なのだと思います。いいフレーズがたくさんあります。哲学者や思想家然とした人が必ずしも内容のあることを書くわけではありません。ポーズをとっているだけというのは多々あります。題名に惑わされず読んでみてください。きっと得るところが少なくないでしょう。

(講談社α新書838円税別)

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2010年5月12日 (水)

井沢元彦『井沢元彦の世界宗教講座 「生き方」の原理がなぜ異なるのか』

 1996年にこの文庫が出たときに買っていたのですが、家内が先に読んで付箋だらけにしてしまって、何だか手つかずのままでいましたが、この前の連休で本棚の整理をしていて目にとまったので、付箋を取り払って読んでみた次第です。
 いい本でした。特に仏教について改めて教えられることが多かったです。『逆説の日本史』の著者らしく、とりわけ歴史的な記述は様々なエピソードを交えて実に面白く読ませてくれます。

 われわれ日本人の多くが自称「無宗教」で宗教的に鈍感なのですが、他宗教の人びとが何を信じ、どういう行動パターンをとるのかということは知っておく必要があります。本書はその点で実に貴重な視点と情報を提供してくれています。
 たとえば、かつてのソ連のゴルバチョフが「私はロシア正教の洗礼を受けていた」と公言していたとは知りませんでしたが、その発言の意義も含めてわが国ではそれがニュースにならなかったことも指摘されています。思えば同じ頃にハンガリーとオーストリアとの間の国境を開放し、東ドイツからの亡命者を西側に逃がしたハンガリーの首相ネーメトも自身がカトリックだったことを公言していました。ゴルビー発言に呼応していたのかもしれません。

 わが国では桓武天皇が国軍を廃止してしまったことの意義が強調されていますが、これは著者の卓見だと思います。確かに、貴族の世の中から武士の世の中に変わるときに一大決戦が行なわれたりはしなかったのですが、この不思議さに改めて目を付けたのは著者オリジナルでしょう。
 それから、儒教の韓国への影響についても教えられました。全羅道への差別意識が後百済の時代にさかのぼる儒教的な現象だったというのは驚きです。わが国への儒教の影響もないではないのですが、お隣の韓国ではかなり濃厚ですね。これでは近代化の邪魔になるはずです。儒教的にもいい加減な日本人が先に近代化したのは、儒教をはじめ、宗教に由来する心理的障壁がほとんどなかったからかもしれません。

 本書でいろいろと紹介されている挿話は比較文化論の授業でも紹介したいと思います。学生たちが考えるための材料としても最適です。

(徳間文庫1996年505円+税)

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2010年5月10日 (月)

渡辺京二『逝きし世の面影』

 幕末から明治にかけてわが国を訪れた外国人の目には、日本人が何とも明るく無邪気で幸せに見えたそうです。そのように見えた世界はその後の近代化によってどうやら失われてしまったようです。それが著者の言う「逝きし世」ということなのですが、確かにそうかもしれません。
 今はわが国では老いも若きも大多数の人がそれなりに不機嫌で不愉快な表情をしています。地方都市ではそれほどではないのですが、東京の地下鉄なんかに乗った日には、何と不幸な国に紛れ込んでしまったのかという気にさせられます。この不愉快さから免れているのは女子高生と大阪のおばちゃん連中くらいでしょうか。

 そして、当時の外国人たちが見たものが、まさに日本人がみんな今の女子高生たちのようにご機嫌で元気いっぱいに生きている情景だったのですから、読んでいてつくづく感心させられます。今からは想像できないようなことがらもたくさん出てきます。文化人類学的な驚きとでも言えるかもしれません。
 もちろんそんな日本に対する賛美者ばかりではなくて、西洋近代の価値観を押しつけようとするかたくなな外国人も少なからず登場するのですが(また、日本人でありながら西洋人の目で日本人を卑下し、高みから叱りつけるようなニセ毛唐のインテリも出てきますが)、それでも彼らの驚きの中には、当時の日本人に共通する生態が浮かび上がってきます。そのあたりをうまく腑分けしながら適切な解釈をほどこしていく著者の腕前は見事なものです。

 とはいえ、ノスタルジック一辺倒の本ではありません。日本人自身も西洋近代の洗礼を受けて、もはや後戻りのできない状況に立ち至っていることを、ほかならぬ著者が一番心得ています。著者の視線はあくまで未来のわれわれに向けられています。
 では、今日のわれわれは新たな思想的深みを備えた人間像をつくり出し、それを範として努力していけるでしょうか? 難しいことですが、そのためにも昔われわれがどうだったのかということを本書を通じて知っておく必要があるでしょう。名著です。

(平凡社ライブラリー2005年1900円税別)

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2010年5月 7日 (金)

小野秀二監修『考える力を伸ばす! バスケットボール練習メニュー』

 監修者の小野秀二は名選手でした。著者と同じ筑波大学に進学した高校時代のチームメートを応援に行ったときに、ひとつ先輩だった著者のプレーも見たことがあります。日本代表時代でも頭のいいプレーが印象的でしたが、いつの間にかわが国を代表する名指導者の一人になっていました。現在は日立サンロッカーズの監督です。
 本書は基本的なプレーがチームプレーから基礎体力づくりのメニューまで丁寧に解説されていて、また、アメリカの練習メニューも少なからず取り入れてあり、いろいろと参考になります。中学や高校の指導者にとってとりわけ有益な本だと思います。DVDが付いていれば言うことなしでしたが、その点だけはちょっと残念です。

 私が毎週練習を見に行く系列の高校の女子チームは最近かなり力をつけてきました。地区予選では5位にとどまりましたが、県大会では故障者も復帰して、初の1回戦突破が期待できそうです。コーチにはこの本を渡しておきましょう。

(池田書店2010年1500円+税)

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2010年5月 6日 (木)

阿部泰隆『やわらか頭の法政策 既存の発想を乗り超えて新しい法制度を設計しよう』

 標題および副題通りの本です。講演が元になっている本ですから読みやすいですが、内容は充実しています。著者は法解釈学者らしからぬ柔軟な発想と想像力に富んだ人で、本当に驚かされます。定期借地権というのは著者の発想に基づくものだったのですね。初めて知りました。
 本書は厚いものではありませんが、ダムを造るとかえって水が汚れるとか、さらっと書かれている重要な指摘もたくさんあって、実に勉強になります。法制度全体の実効性を経済効率性を含めて鳥瞰できるというのが著者のすごいところで、根本からすべてを見直すというのはこういう見方のことをいうのだとわかります。
 13章の「泥棒に刑法を作らせるな」では「議員に歳費、定数、選挙区を決めさせるな」とあります。名古屋市の河村市長の強い味方かも。それにしても名古屋市の市会議員の年収が1600万円を超えるというのは、やはりもらいすぎでしょうね。自分たちで決めさせれば、いきおいそういうことになるわけです。

 しかし、実は今まで利害関係者を交えた会議で重要な決定がなされてきたのが、わが国の政治・行政的風土だったのですから、これはこれでなかなか変わらないかもしれません。田舎だったら会議の参加者がみんな親戚だったりしますし、これに公共工事と土建業がセットでからんで身動きがとれないほど癒着してきたのが日本型土建国家複合体でした。
 かつての旧ソ連の社会主義リアリズム時代のポスターには、つるはしを持った労働者なんかが出てきますが、あれは実はソ連よりも日本型社会主義をずっとよく象徴するものだったのかもしれません。ゴルバチョフが日本を世界で最もうまくいった社会主義だと評したのは、たとえ皮肉で言ったにしても炯眼でした。
 今は政権交代でようやくこれにひびが入ったところですが、何だか他にもいっぱいひび割れが起こってきた感じです。このひびは修復できないところまで来ていますので、旧態に復することだけはないと思いますが、どんな形になっていくのかは予断を許しません。ただ、今日われわれが重要な歴史的転換点にいることだけは確かだと思います。

(信山社2001年700円+税)

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2010年5月 5日 (水)

ライアル・ワトソン『いのちの教室 アフリカの大地が教えてくれたこと』難波裕子訳

 ライアル・ワトソンの子ども時代の思い出が綴られています。『思考する豚』に出てきたイボイノシシのフーバーの話も出てきます。ズールー族の元酋長で使用人だったジャブラや、猛女とでも言うべき迫力と深い愛情に満ちた祖母の話も含まれた三部構成で、どの話も面白かったです。
 ジャブラは盗賊団から著者の命を救ってくれますが、その救出のシーンは印象的です。
 祖父なんかは亡くなったときに、祖母とジャブラの手によって、こっそりと鳥葬というかハイエナ葬にされてしまいます。もちろんそれは故人の遺言通りではあったのですが。
 ワトソン家で面倒を見ていたイボイノシシは、密猟者を木の上に追い詰めてとんでもなく勇気のあるところを見せてくれます。
 著者はこうした彼らから動物や植物と対話する方法を教わり、そして何よりあくなき好奇心と大胆な行動力を受け継いだようです。
 それにしても、アフリカの自然も著者が子どものころに比べると、ずいぶん滅んできたこともうかがわれますが、今後どうなっていくのでしょう。人間が自然から学ぶことのできる機会はどんどんなくなってしまうのでしょうね。

(PHP研究所2009年1200円税別)

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2010年5月 4日 (火)

ディーノ・ブッツァーティ『シチリアを征服したクマ王国の物語』天沢退二郎/増山暁子訳

 ブッツァーティの童話です。挿絵も本人が描いていて見事です。休日の午前中にでもゆっくりと読みたい本です。愛と勇気、悪と裏切りがうまく盛り込まれていて、結構はらはらどきどきさせられます。
 イタリアではこの作品中の詩を子どもたちが口ずさんでいるそうですから、原文はよほどリズムがいいのでしょうね。
 本書の中に「トロル」という人食い鬼と「マンモーネ」という巨大な化け猫が出てきますが、これは宮崎駿の「となりのトトロ」で、めいちゃんがトロルと言えなくてトトロとなったあのキャラクターのことでしょう。化け猫は「猫バス」ですね。
 キャラクターの役割もお話もまったく違いますが、近代文明に批判的な視点はブッツァーティも宮崎駿も共通していると思います。でも、宮崎駿は自前の想像力が豊かなので、ディズニーの「ライオンキング」のようなバカな真似はしないわけです。

 そういえば先週立ち読みした髙山正之のエッセーでは、スターウォーズが石ノ森章太郎なんかのパクリだと指摘されていて、なるほどそうだったのかと感心させられました。氏によると中国とアメリカは二大パクリ大国だそうですが、相手が文句を言わないととことんやってしまうところは確かに似ているかもしれません。

(福音館文庫2008年650円+税)

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2010年5月 2日 (日)

井上一馬『英語できますか?―究極の学習法』

 英語習得の指南書はたくさんありますが、これは文章も読みやすく、最良の一冊です。斎藤兆史の本が達人を目指す指南書だとしたら、これは十分に使える英語のレベルに到達するためのそれです。英語上達のためにはどのような教材で、どう学習していったらいいかということが、きわめて具体的かつ丁寧に書かれています。
 それによれば、最初は半年から一年くらい英語のドラマを見てリスニング力を高め、日常の語彙のストックを増やします。このときリーディングを平行して進めることで、語彙力が相乗的に蓄えられていきます。音読も効果的です。
 こうして表現と語彙のストックができたら、言いたいことをつぶやくスピーキングを始めます。このスピーキングはシュリーマンの外国語学習法にヒントを得たそうです。興味があることについて常に作文するのがシュリーマンの方法でしたが、これをスピーキングに置き換えたそうです。ここのところが本書の大きなポイントの一つです。
 英語を勉強し直そうとする人にとってはもちろんヒントに満ちていますが、外国語教育全般に応用して、効果的な学習法や教材開発なども考えてみたいと思います。ハンガリー語教育や留学生のための日本語教育にも多くの示唆が得られそうです。

(新潮社1998年1000円+税)

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2010年5月 1日 (土)

ディーノ・ブッツァーティ『タタール人の砂漠』脇功訳

 ブッツァーティの長編小説です。タイトル通りに13世紀のタタール人が出てくるわけではなくて、舞台は近代です。でも、辺境の国境地帯を警備する登場人物たちはタタール人が来るような気がして、ずっと警戒しているのです。
 国境の砂漠地帯の要塞は平穏で時間が止まったようで、主人公は赴任してすぐに帰りたくなります。ところが、ふとそこで何かある種の居心地よさを見出して、使命感や野心と共に何年も居着いてしまうことになりますが、それは仲間たちも上官たちも同じでした。
 何だかダメ企業から転職しようとして果たせないサラリーマンのような感じでもあり、私自身、他人事でないような気にさせられます。毎年、今年こそは転職しようと思っているうちに、ふと気がついたら定年がすぐそこまで来ていたりしますからね。この意味では、現実の方がずっと悪夢のようです。
 さらに、その他にも様々な寓意に満ちた仕掛けが張り巡らされています。怖い小説世界です。人生における時の流れの残酷さが容赦なく迫ってきますが、主人公は最後の最後に果敢な闘いを挑みます。このとき本当の敵が誰なのかが初めてはっきりします。と、あまり語ってしまってはいけませんが、決して何も起こらない小説というわけでもないのです。
 それにしてもこの作家の発想は心底からユニークだと思います。

(松籟社1992年1533円+税)

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