渡辺京二『逝きし世の面影』
幕末から明治にかけてわが国を訪れた外国人の目には、日本人が何とも明るく無邪気で幸せに見えたそうです。そのように見えた世界はその後の近代化によってどうやら失われてしまったようです。それが著者の言う「逝きし世」ということなのですが、確かにそうかもしれません。
今はわが国では老いも若きも大多数の人がそれなりに不機嫌で不愉快な表情をしています。地方都市ではそれほどではないのですが、東京の地下鉄なんかに乗った日には、何と不幸な国に紛れ込んでしまったのかという気にさせられます。この不愉快さから免れているのは女子高生と大阪のおばちゃん連中くらいでしょうか。
そして、当時の外国人たちが見たものが、まさに日本人がみんな今の女子高生たちのようにご機嫌で元気いっぱいに生きている情景だったのですから、読んでいてつくづく感心させられます。今からは想像できないようなことがらもたくさん出てきます。文化人類学的な驚きとでも言えるかもしれません。
もちろんそんな日本に対する賛美者ばかりではなくて、西洋近代の価値観を押しつけようとするかたくなな外国人も少なからず登場するのですが(また、日本人でありながら西洋人の目で日本人を卑下し、高みから叱りつけるようなニセ毛唐のインテリも出てきますが)、それでも彼らの驚きの中には、当時の日本人に共通する生態が浮かび上がってきます。そのあたりをうまく腑分けしながら適切な解釈をほどこしていく著者の腕前は見事なものです。
とはいえ、ノスタルジック一辺倒の本ではありません。日本人自身も西洋近代の洗礼を受けて、もはや後戻りのできない状況に立ち至っていることを、ほかならぬ著者が一番心得ています。著者の視線はあくまで未来のわれわれに向けられています。
では、今日のわれわれは新たな思想的深みを備えた人間像をつくり出し、それを範として努力していけるでしょうか? 難しいことですが、そのためにも昔われわれがどうだったのかということを本書を通じて知っておく必要があるでしょう。名著です。
(平凡社ライブラリー2005年1900円税別)
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