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2010年5月12日 (水)

井沢元彦『井沢元彦の世界宗教講座 「生き方」の原理がなぜ異なるのか』

 1996年にこの文庫が出たときに買っていたのですが、家内が先に読んで付箋だらけにしてしまって、何だか手つかずのままでいましたが、この前の連休で本棚の整理をしていて目にとまったので、付箋を取り払って読んでみた次第です。
 いい本でした。特に仏教について改めて教えられることが多かったです。『逆説の日本史』の著者らしく、とりわけ歴史的な記述は様々なエピソードを交えて実に面白く読ませてくれます。

 われわれ日本人の多くが自称「無宗教」で宗教的に鈍感なのですが、他宗教の人びとが何を信じ、どういう行動パターンをとるのかということは知っておく必要があります。本書はその点で実に貴重な視点と情報を提供してくれています。
 たとえば、かつてのソ連のゴルバチョフが「私はロシア正教の洗礼を受けていた」と公言していたとは知りませんでしたが、その発言の意義も含めてわが国ではそれがニュースにならなかったことも指摘されています。思えば同じ頃にハンガリーとオーストリアとの間の国境を開放し、東ドイツからの亡命者を西側に逃がしたハンガリーの首相ネーメトも自身がカトリックだったことを公言していました。ゴルビー発言に呼応していたのかもしれません。

 わが国では桓武天皇が国軍を廃止してしまったことの意義が強調されていますが、これは著者の卓見だと思います。確かに、貴族の世の中から武士の世の中に変わるときに一大決戦が行なわれたりはしなかったのですが、この不思議さに改めて目を付けたのは著者オリジナルでしょう。
 それから、儒教の韓国への影響についても教えられました。全羅道への差別意識が後百済の時代にさかのぼる儒教的な現象だったというのは驚きです。わが国への儒教の影響もないではないのですが、お隣の韓国ではかなり濃厚ですね。これでは近代化の邪魔になるはずです。儒教的にもいい加減な日本人が先に近代化したのは、儒教をはじめ、宗教に由来する心理的障壁がほとんどなかったからかもしれません。

 本書でいろいろと紹介されている挿話は比較文化論の授業でも紹介したいと思います。学生たちが考えるための材料としても最適です。

(徳間文庫1996年505円+税)

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