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2010年6月25日 (金)

空海『ビギナーズ 日本の思想 空海「秘蔵宝鑰」 心の底を知る手引き』

 長いタイトルですが、空海の『秘蔵宝鑰』(ひぞうほうやく)の現代語訳です。解説的な部分も文中に織り込んだ現代語訳で、読みやすくなるよう工夫されています。主著とされる『十住心論』の角度を変えた解説のようにもなっています。
 結局は密教が一番すごいという主張ですが、論証が綿密になされているような本でもないので、「ふーん、そんなものか」という感じで読むしかないのですが、阿羅耶識の法華経の密教の立場からの見方が現れていてなかなか興味深いものがあります。
 密教が仏教の集大成だという形で他のすべての教えを、儒教も含めて体系的にとらえているのは空海のオリジナルだと思いますが、書き方は素直に論理的で、問答なんかが織り込まれているところなどは劇的で面白いですが、だからといって、奇を衒ったところはまったくありません。ちょっと意外な感じさえします。
 ただ、比喩がかなり巧みで、漢文読み下し文を見ているとさらに詩的イメージを喚起するところがありますので、原文の漢文は鮮やかな名文なのではないかと想像されます。当時の党の人々を驚かせたというのは嘘ではなさそうです。そのうち同僚の中国人スタッフに漢文を見せて感想を聞いてみようと思います。(ただし、この文庫には読み下し文までしか収録されていません。)
 司馬遼太郎がいろんなところで書いていることですが、空海の思想は体系化されて完結しています。そのため、すべてが道半ばで力尽きた最澄とは違って、空海の思想は後継者が発展させる余地がなかったのではないかと言うのですが、一理あるかもしれません。
 体系の完結は必ずしも思想の完成ではないにしても、教壇の論理では後世これを乗り越えることは難しくなるでしょう。なにせ今もってこの宗派では空海は死んだことになっていないくらいだからです。本人に怒られるのはかないませんからね。

 ところで「第九住心」の「極無自性心」は池田晶子の思想と重なってきて面白いなあと思います。現代語訳では「自分のごく近くにありながら見きわめにくいものはわが心であり、また微細でありながら宇宙に偏在しているものは、わが心の仏なのです。『わが仏』こそは思議しがたいとらえにくいものであり、『わが心』もまた広くかつ大なるものであります」(145頁)。
 ということは、哲学者の故池田晶子は次に生まれ変わって、今頃第十住心のステージに進んでいるのかもしれません。「哲学の巫女」とか呼ばれていましたが、成仏してしまいました。あるいはまだ成仏せずに、今ごろ冥界で空海やプラトンたちと談笑しているのかもしれません。

 それはそうと、『十住心論』はちゃんと読んでおかなきゃいけませんね。

(角川ソフィア文庫平成22年819円税別)

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