斎藤美奈子『文壇アイドル論』
2002年に岩波書店から出た単行本の文庫版。文庫化にあたってあとがきのかわりに「アイドルたちのその後」を収録しています。ここでいう文壇アイドルとは、村上春樹、俵万智、よしもとばなな、林真理子、上野千鶴子、立花隆、村上龍、田中康夫の八名です。
みんな八〇年代から九〇年代にかけて一世を風靡した人たちですが、そうしたアイドルを作り上げた批評界やマスコミ、そして何よりも世間一般の風潮がある種社会学的に解剖されています。しかし、もちろん、その中心にあるのは作家の特徴を見事に射抜くような著者自身の批評です。その目の確かさは、アイドルたちの周りで提灯を持っていたり、訳も分からずに踊っていたりした有象無象の批評家たちの何倍も鋭いものです。
彼女の目の確かさはアイドルたちのその後の活躍ぶりからも裏付けられています。恐るべき本です。口の悪さも天下一品ですが、この批評眼の裏付けがあるのだから、説得力は群を抜いています。
また、それに加えて、著者は各作家の作品も批評も本当に丹念によく読んでいるなあと感心させられます。結構読まずに書評を書いたりという人が多い中でこのきっちりとした姿勢は立派です。本当は他の三流批評家たちのほうが異常なのですが。
著者の読みの鋭さを示す例を挙げておきます。例えば俵万智の短歌は、短歌という古い形式に新しい感受性をもたらしたという批評家たちの評価とは反対に、「新しい文体(物語形式)で古い感受性(物語内容)を歌ったからこそ」(53頁)万人に受け入れられたとみています。
また、よしもとばななの小説は少女漫画の影響よりもコバルト文庫の少女小説(氷室冴子、新井素子、折原みとなど)の影響下に成立している、という発見もえらいものだと思います。(コバルト文庫といえば、昔、中国人留学生でこのシリーズを貪るように読んでいた女の子がいましたが、日本語の上達度が群を抜いていました。1年たったら日本人と変わらなくなっていました。)
ところで本書は、1987年から3年間ハンガリーに留学していた私にとって、あのバブリーな時代の空気を改めて教えてくれる貴重な本でもあります。そっかー、あのころこんなことがあったんだ、ということで自分の中の分断された時間と歴史意識のリハビリになります。
たった3年くらい日本にいなかっただけなのに、帰国するとテレビタレントたちがみんな微妙に額が上がって老けていたりしたことを覚えています。アイドルたちはずいぶん入れ替わっていましたが、本書を読むと文壇アイドルたちもそれぞれに苦労していたことがわかります。
とはいえ、今もみんな健在なのは(書いていない人はいますが)寿ぐべきことです。 文壇アイドルはかなりしぶといようです。
(文春文庫2006年629円+税)
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