赤瀬川原平『老人力 全一冊』
著者独特のゆるーい感じの語り口が素敵です。このブログにリンクしている友人の文章 binsei blog がちょっと似た感じがするのは、美術関連の人だからかもしれません。文体というより発想の飛び方に特徴があって、何だか真似できないリズムがあります。
老人力というのはもちろんシャレで、老人パワーとは正反対のものです。つまり、加齢とともに落ちていく力を負のエネルギーの発露ととらえるものです。だから、ボケというのは「老人力がはたらいている」と考えます。そして、何より著者の文章の力の抜け具合がそもそも老人力の見本なのです。
こういう遊びができるのは、著者に南伸坊とか藤森照信といったユニークな友達がいるからでしょう。こういう人たちと一緒にいると一日中笑って過ごせそうです。
そういえば井上陽水なんかもまわりの人といつもこんな感じで過ごしているようで、あの歌詞のぶっ飛び方の背景には冗談ばっかり言い合いながら言葉遊びに熱中する仲間たちがいるのです。
実際に「最近物忘れがひどくなって云々」というよりは「老人力がついちゃってさあ」と言った方がちょっとした符牒を共有している感じもして、人生が余計楽しくなりそうです。
しかし、このゆるーい感じの本の中にはときどき次のような実に鋭い指摘が仕込まれてもいるのです。
「たとえば例の少年の人殺し事件。いろいろな識者がその事件の中に論理的に分け入り、細かく分析していく。AだからBになって、BだからCになったということが、端から理由がつけられていく。いろんな説があるけど、ぼくなどはどの説も正しいと思ってしまう。でもそういう論理をたどっていると、何だかその事件を肯定するような位置にいるのに気がつく。
嫌だなあと思う。
殺人はもちろん嫌だけれど、それを嫌というふうにいえないような論理の力そのものが嫌になるのだ」(84-85頁)
この曰く言い難いところを言い当てるのもまた「老人力」による力の抜け具合があるからこそのような気がします。若者にありがちな直線的論理では論理以外のところにはたらいている力を見失ってしまいがちだからです。
ま、ともかくいい本です。
(ちくま文庫2001年680円+税)
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