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2010年7月 3日 (土)

梅原猛『最澄と空海―日本人の心のふるさと―』

 直感と情熱の人、梅原猛による最澄と空海の本です。思想家としての彼らのすごさに戦後間もない時期から言及し続けてきたのが他ならぬ梅原猛その人だったのですから、その預言者的直感の鋭さは大変なものです。

 とにかく著者には日本という文化全体を哲学の対象にする強い意志があり、縄文文化や聖徳太子、万葉集から最近は能楽と、次から次へと精力的に論じています。この活力には脱帽しないではいられません。西洋の哲学者の文言をいじくり回しているようなわが国の哲学者(というより哲学研究者)が見習おうと思ってもできるものではありません。

 ただ、直感で断定してしまうところがある人なので、論証はお好きではないようです。面倒くさくなってくると、自分がこう思うからこうだという感じになります。でも、著者の情熱に引きずられて、何となく説得されてしまいます。まあ、自由な書き方が許される人ですから、これでいいのでしょう。別に学者を説得する必要はありませんし。

 本書では最澄も空海も最新の仏教思想をわが国に導入しながら、これを縄文時代から続く伝統的な自然主義的思想と融合させ、「山川草木悉皆成仏」という日本的な信仰を確立したという枠組みでとらえられています。

 ただし、この文言自体は原始仏典の中にもすでに見られるとどこかの本で読んだ記憶もあるので、ちょっと留保しておきたいと思いますが、いずれにしてもこの考え方が日本的宗教思想の展開の核心となっているのは著者の言うとおりだと思います。
 この点は、空海の『吽字義』からの引用ではこうなっています。

 「かの草木すらやがては成仏するのである。いかに況んや有情のかれらにおいておや」(301頁:『空海コレクション1』では「草木また成ず 何に況んや有情をや」259頁)

 これが後に天台本覚論として展開するということですが、何よりここに注目した著者の問題意識がすばらしいと思います。

(小学館文庫2005年638円+税)

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