斎藤美奈子『あほらし屋の鐘が鳴る』
「何をごちゃごちゃゆうとんねん。あほらし屋の鐘が鳴るわ」カーン。という上方の言い回しがあるそうで、著者は「あほらし屋はおまえじゃ」と言われるのを承知の上で(このへんの意識が著者の文章の客観性を担保しているのだと思いますが)、ニッポンのおじさんの馬鹿さ加減にカーン、失楽園騒動や「不倫は文化」発言にカーン、アホなテレビドラマにカーン、男性誌のみならず、女性誌にもカーン、と鐘を連打しています。
それにしても、本書の文庫版が2006年ですが、きょうびの世相は当時よりも一層アホらしさを増していて、この先どうなってしまうのかという気になります。著者には早く2010年版を書いてもらい、鐘を乱打してほしいものです。
著者のツッコミはもっともなことばかりで、常識人が見たらおかしいでしょ、という視点に説得力があります。その鮮やかな切り込み方は見事としか言いようがありません。女性誌に連載されていた頃から男性のファンが少なくなかったようですが、実際、彼女の連載を目当てに女性誌に目を通すコアな男性ファンというのがいてもおかしくないと思います。
本書の指摘で感心させられたのは、橋田壽賀子のドラマ「渡る世間は鬼ばかり」で、親戚の家の苗字を屋号のように使っている(「本間では」とか「岡倉に行かなきゃ」とか)ということです。ドラマではこんなセリフを小学生に言わせたりしているのですが、著者はこれを「苗字をじゃかすか使って、見る人に『家』意識を植えつける、一種のマインド・コントロール法といっていいでしょう」(34頁)と述べています。なるほど。
女性誌の分析も見事でした。「コスモポリタン」が釣りの雑誌だとは知りませんでした。それも「男釣りの」ね。女性誌の特徴を長女とか次女、三女、あるいは「男兄弟に囲まれた旧家の一人娘」や「大正生まれの大婆様」といった比喩でとらえるところが秀逸です。
今は休刊になったものもありますが、どの雑誌が何にたとえられているかは本書をご覧ください。
(文春文庫2006年629円+税)
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