« 斎藤美奈子『冠婚葬祭のひみつ』 | トップページ | 米原万里『終生ヒトのオスは飼わず』 »

2010年8月23日 (月)

曽野綾子『最高に笑える人生ー夜明けの新聞の匂い』

久しぶりに著者の本を読みました。いつもながら、本当によく世界中の貧困と悲惨の現場を見て歩いている人だと感心させられます。

本書の元となる連載の執筆当時でもすでに70歳を超えていたと思いますが、インドやアフリカやイスラエルの紛争地帯などに出かけていく情熱はちょっと真似できないものです。

そして、その中で考え抜いた言葉が確かな光を放っていて、これまた感心させられます。たとえば、

「誰でも、たとえ心にどんな悲しみを持っていようが、うなだれずに普通に背を伸ばして歩き、普通に食べ、見知らぬ人に会えば微笑する。それこそが輝くような老年というものだ。馬齢を重ねたのでないならば、心にもない嘘一つつけなくてどうする、というものだ。この内面と外面の乖離を可能にするものこそ、人間の精神力なのだろう。それは雄々しさと言ってもいいかもしれない」(17-18頁)

という具合です。よく人間を見つめてきた人だけのことはあります。すぐにあれかこれかで決め付けようとする幼い精神の対極にある精神が語られています。他のところで著者はこうも書いています。

「その双方が真実なのだ。真実の反対がまた、真実なのだ。そのまことに困った当惑や疑問や矛盾をそのままにできうることが、むしろ人間の精神の幅や厚みであり、勇気というものなのだろう」(99頁)

こういう精神をもった老人にならなければいけませんね。

ところで、著者が旅先で見た現実というのは、大蛇アナコンダに呑まれて死んだ人の話であり、アマゾン中流域のある地域に捨てられたハンセン病患者の様子であったりします。著者が働いてきた「海外法人宣教者活動援助後援会」という団体は、普通の旅行者が行けないようなところにも行かなければならないので、そうした情報自体が実に貴重なものです。

ブラジルのあるとんでもない貧困家庭について、著者はこう言います。

「この一家には未来がない。だから現在の、この瞬間が大切だ。未来に期待することもない代わり、未来に絶望する方法も知らない。それが現実というものなのだ」(125頁)

アランのエッセーを思わせるような、じっくり考えられた味わい深い文章です。

(新潮文庫平成16年400円+税)

|

« 斎藤美奈子『冠婚葬祭のひみつ』 | トップページ | 米原万里『終生ヒトのオスは飼わず』 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。