矢部正秋『プロ弁護士の思考術』
金言だらけの本です。著者が弁護士の仕事を通じて得られた知恵が詰まっています。法律論はまったく出てこない本で、一般読者向けにあくまで思考や論理のノウハウが語られます。どことなく武道の具体的な指南書のようなところがあります。
弁護士の泥臭い交渉現場の思考というのは、弁護士に限らず交渉ごとを行なうすべての仕事に共通すると感じました。その点でビジネスマンや経営者にも有益な教訓がたくさんあります。
私が気に入ったのは「不満を言うな。オプションを考えよ」というところです。
①極端なオプションから現実的オプションまで、網羅的に多くのオプションを考え出す
②常識も価値観も一度は捨てて、極端なオプションも発想する
③自然に頭に浮かんだ対応策だけではなく、上下前後左右のあらゆる角度から考える(72頁)
著者はオプションを発想することに集中すると、不安や悩み、怒りなどの消極的な感情が薄らぐという効果もあると言います(72頁) これは私も経験上よくわかります。積極的な思考というのはこうした副産物ももたらしてくれるようです。
著者が経験から割り出した具体的な数字も説得力があります。たとえば、
・「人間の2割は優秀、6割は平均的、残りの2割は平均を大幅に下回る」(103頁)
・物事には「一般的に30パーセント程度、偶然が介入する可能性を考えておいたほうがいい」(165頁)
・現実をその中にいる自分も含めて鳥瞰することを著者は遠くを見ると言いますが「近くと遠くを見る割合は、七対三ぐらいが手頃のようである。七割方は目先に集中するが、三割方は将来を見る」(236頁)
単なる学校秀才で、他人を見下すような「薄っぺらなエリートもどき」を著者は「生きる知恵と学歴はほとんど無関係である。というより、私の見るところ、この二つはしばしば反比例する」(133-134頁)と断罪しています。
その特徴とは、
①自分がつねに正しいと考える
②高慢で人を見下す。思いやりが皆無
③他人の批判には弱い。批判すると逆ギレする
④批判は上手だが、提案は下手
⑤上司にへつらう。保身に巧みで、利害のためには人を裏切る(134頁)
とあります。
確かにいますね、こういう人。世間的には優秀と言われる大学を出ていますが、それだけが自慢の人というのは大体こんな感じです。これっていろんな変種があって、お役所や大学の中にはいうまでもなくたくさん生息しています。個人的にはなるべく関わらないようにしていますが、学会とかに行くと挨拶ぐらいはしなければいけないので本当に憂鬱になります。
いずれにしても、弁護士の現場の知恵というのは他の場所でも役に立つことがよくわかりました。私もそれなりの事務仕事や組合活動の現場にいて、交渉したりする立場にもいますので、やっぱ、これでよかったんだと思うところもあって、本書には大いに勇気づけられました(去年出した本に関して、通読してもいない人から思い込みに基づいた批判を受けたことがあって、弁護士の仕事ということについてはちょっと気になっていましたので)。
他にも面白い箇所がたくさんあります。有志はお読みください。私も今後の交渉や研究にしっかり役立てたいと思います。
(PHP新書2007年720円税別)
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