斎藤美奈子『冠婚葬祭のひみつ』
この百年の冠婚葬祭マニュアルを分析し、今後のあるべき姿を模索した本です。参考文献の数が半端ではありません。この徹底ぶりは凡百の学者をはるかに凌いでいます。
冠婚葬祭というのは、本来ならあまり大ぴらにするのもはばかられるような諸儀式を含むものですから、伝統的な習俗・慣習として存在してきましたが、歴史を振り返ると、元来あまり確固たる根拠もなく適当に行なわれてきたものが少なくなかったことがわかります。
とりわけ葬儀などは遺体の処理に困るわけで、埋めたら終わりだったり、墓石とは別のところにまとめて埋めたり、風葬にしたりで、明治民法の影響で初めて家意識が強調されたところから「先祖代々の墓」というのが登場します。日本人が遺骨にこだわるようになったのも第二次世界大戦以後のことだと言います。
明治憲法から日本国憲法に変わり、民法も改正され、法律上は廃止された家制度は戦後になっても意識の中で中途半端に残ったと著者は言います。大勢の兄弟の中の長男が高度成長の波に乗って一財産作ることができ、親の面倒を見たこと、専業主婦という生き方が可能になったこと、戸籍制度自体は存続したことなどがその原因とされます。
要するに「家」を継承する環境が揃っていたということなのですが、著者はさらに恋愛結婚が広まり、「愛している」がゆえに結果として家を継ぐという形になったことも指摘しています。このあたりは実に鋭い見方です。
著者はさらに、当時の超ベストセラーだった塩月弥栄子『冠婚葬祭入門』(光文社カッパブックス)の影響により、人びとに「『入門』の説くことがすべて正しい掟であるかのような錯覚が起きてしまった」(87頁)と指摘します。
テキトーにやっていたものが「作法」や「マナー」や「常識」だという威圧的な表現で小うるさく言われると、誰しもそれに従わなければならないような気になってくるというものです。
しかしそうしたことが可能だったのは、経済成長とベビーブームがお手々つないでやってきた時代だったからです。皇室典範をモデルにした男系男子相続モデルは、少子化で不況の今日、もはや皇室においてすら維持できなくなってきているのは周知の通りで、すでに世の中では「双系制」社会が始まっていると著者はみています。
家がどうしたというより、とにかく近くに住む親類の面倒を誰かが見なければというのが差し迫った問題だからです。夫の親とかそういったことにこだわっている暇はないのです。
いずれにしてもこれから冠婚葬祭の形は変わっていくでしょうし、本書の後半部は具体的な新しい制度の紹介と助言がたくさんあって参考になります。結婚と同時に一方が姓を変える現在のシステムを本当にどっちでもいいと思っている人なら、妻の制を選んではどうかという提言や、香典袋の中にお金と一緒に「香典返しは不要です」と一筆書いて入れておくといったアイデアは面白いと思います。
著者は、いわゆる「野垂れ死に」を望む人でも、遺体を処理する費用として最低でも20万円は所持したまま亡くなるように、とも述べています。そうですよね。自分でも心しておきましょう。なお「行旅死亡人」として処理されないためには身分証明書も必携ですね。
いつもながらおそるべき本です。
(岩波新書2006年740円+税)
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