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2010年9月16日 (木)

斎藤美奈子『モダンガール論』

明治以来の日本の女性たちが動やって「出世」を目指してきたかという本です。職業的に成功することも、家庭の幸福をつかむことも、どちらも出世です。この「欲望の女性史」とでも呼べる試みは見事に成功しています。

職業婦人として成功するにせよ、良妻賢母としての主婦におさまるにせよ、昔から若い女性はみんな夢を見ながら過ごしてきたわけですが、明治から対象にかけての女中や女工の生活の悲惨さも、ネオン街の蝶々の生態も実に良く調べてあります。

夢と現実の狭間で鬱屈した彼女たちの思いが解放されたのがなんと戦争だったというのもあらためて驚かされます。思えば、菅直人が若い頃心酔していた市川房枝が、戦前は愛国婦人会を指導していたという話は知っていましたが、本書では「保守的で頑迷な昔風の女性ではなく、前向きで活発で近代的なセンスをもった女性ほど、戦争にハマりやすい」(197頁)と喝破されています。

市川房枝はもとより、当時進歩的なことでは引けを取らなかったた羽仁もと子や奥むめおも熱烈に翼賛体制を支持していたのです。「戦争=銃後の暮らしは女性に『出世』を疑似体験させるのだ。本土決戦にならない限り、非戦闘員である女性に戦火はおよばない。それがますます好戦的な気分を煽る」(216頁)とも。

それでいて、1945年の敗戦と同時に彼女たちは「戦争中とまったく同じテンションで、こんどは復興の精神を説く変わり身の早さ」を披露してくれます。(菅直人もこの点で市川房枝の影響を受けたのでしょうね。このところの彼を見ているとつくづくそう思います。)

さて、戦後の高度成長期を経てOLやら専業主婦やらもだんだん飽きられ、近年ではキャリア・ウーマンとかスーパー専業主婦とかが女性の自己実現モデルになりますが、それらにもだんだん夢がもてなくなってきます。そして、バブルがはじけてからは今度は男女ともに先行きに不安を抱える閉塞的な今日へと至るのです。

いつもながらこの人の筆力には感心させられます。そして、その筆力を支えているのが著者の手抜きをしない読書だと思います。読むべき本をちゃんと読むということをやっている評論家や学者は意外と少ないのです。パレートの法則では2割くらいということになりますが、おそらくそうです。書評を読むだけでもその本をちゃんと読んでいないことがバレしまう書評子なんてのがいるくらいですから。

ま、とにかく面白かったです。

(文春文庫2003年657円+税)

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