松本道介『極楽鳥の愁い―“ない”の発見―』
著者はまっとうな日本人のおじさんの代表選手のような人で、西洋文化に媚びず、日本人としてのものの見方を掘り下げて考えることのできる珍しい知識人です。
わが国の知識人なんて、ふつうなら西洋崇拝の密輸入業者ばかりなのですが、著者はドイツ文学を専攻にしていながら、フランス文化の方に惹かれていった挙げ句、日本のよさにあらためて目覚めたという奥手の転向者みたいな人です。
本書で「日本人が無という言葉を好む民族だ」(59頁)というのは炯眼だと思います。著者は言います。「無という言葉を日本人ほど日常生活の中で頻繁に用いる民族はないと私は思っている。無という一文字だけだと禅宗のお坊さんの言葉だが、無心、無我、無欲に無垢、無常・・・と無のつく言葉をごく普通にこれだけ頻繁に使っている民族は日本人だけではないだろうか」(同頁)。
ほかにも、フランス語に啓蒙主義という言葉がないとか、ドイツという名前の国は19世紀の後半になって初めて誕生した、とか、そう言われてみれば、確かにそうだということに著者はしっかり気がついて、考え抜いているところが魅力です。
著者が評価するヴォルテールやウォーレス、ホフマンスタール、立川志の輔の「歓喜の歌」、吉村昭『生麦事件』はどれも面白そうです。伊藤若冲に対する評価も高いので、嬉しくなってしまいました。これから読んだり聴いたりするつもりです。
著者の文章はこ難しいところがなく、かつリズムがいいので、読んでいて快感を覚えます。未読の方はぜひ一度お読みください。
(鳥影社2010年1900円+税)
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