松本道介『素朴なる疑問 私の脱哲学・脱西洋』
著者の文章は調子がよくてわかりやすく、言いたいことが体に染みてくるようなところがあります。そのためか、しばらく読まないでいると、無性に読みたくなります。
著者が言いたいことはすべてタイトルと副題に現われているような本ですが、難解で訳のわからないものが高尚だという風潮に与しない姿勢は共感できます。カント、ヘーゲルのドイツ観念論から昨今のポストモダン思想まで、著者はほとんど唾棄しています。
思えば、自分の感性に忠実に身体全体を使って読書をしていけば、頭でっかちの博識家ではなくなるわけです。よって、心を動かす著者しか評価しないというのが、思想であれ文学であれ、著者の唯一の評価基準になっています。
こういう読み方を徹底したところが著者の偉いところで「つい最近も高齢の大学者からおまえは不勉強なくせに傲慢な物言いをする、と叱られた」(294頁)とありますが、一切の権威主義を離れて、自分の目だけを頼りに古今東西の本を読むようになると、そういうふうに言われるのでしょう。
似たようなことを言われた経験は私にもあるだけに、著者には親近感が湧いてきます。大学者さんから見ると、こちらの趣味人的な態度が鼻について仕方ないのでしょうが、もはや持ったが病で治しようがないのです。
こちらとしては、自分の頭でものを考えるという姿勢を関係する人びとと共有しようと思っているだけのことですが、実は、偉い思想はどこか外国とかの理想の場所からやってくるものなので、そうした態度自体が許せない、とその道の権威者は考えるのでしょう。
著者は「私も昔はカントやヘーゲルを原書で、あるいは翻訳で読もうとした時期はありますが、その時期ほどものを考えなかった時期はありません」と言っています。そうした時期も学問的訓練として少しは必要なこともあるでしょうけれど、もっと大切なことはやはり自分で考えることです。
本書は典型的な日本人のいいおじさんによって「考える文体」で書かれています。魅力的な本です。
(鳥影社2006年1,900円+税)
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