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2010年9月22日 (水)

米原万里『不実な美女か 貞淑な醜女か』

著者のデビュー作で、通訳・翻訳にまつわる様々な考察と大笑いのエピソードが満載です。同時通訳としての失敗談や業界の内輪話、それに彼女お得意の艶笑小咄もあり、のちの米原ワールドが凝縮されたような一冊です。

タイトルの「不実な美女」というのは、原文から離れた見事すぎる翻訳のことで、「貞淑な醜女」とは、原文に忠実なあまり、日本語として体をなしていないそれのことです。

文学作品の翻訳なら「貞淑な美女」を目指すのもありだと思います(現実にはごくまれにしか存在しないような気がします)が、同時通訳という時間内で連続技を決め続けなければならない世界では、最初からこの二人の間に引き裂かれた存在にならざるをえないようです。

それでも著者は通訳者の立場を「『両者のコミュニケーションは私がいて初めて成立している』と実感する時、狭量な自我は二つの異なる宇宙をつなげる、より広大な世界に拡散されるような吸収されるような快感がある・・・冷媒の恍惚感に通じるものかもしれない」(307頁)と形容しています。

本書では、言葉という摩訶不思議な世界がロシア語通訳の立場から徹底的に語られますが、へぇーと思ったのは「肩凝り」という言葉を持つ日本人は、肩が凝るが、この言葉を持たないヨーロッパ人の多くは肩が凝るという感覚を持たないというところ(73頁)で、比較文化論の授業に使えそうです。

また、「風が吹けば桶屋が儲かる」ということわざに対応するロシアのことわざは「肉を食うと風邪をひく」だそうで、彼女の好きな話題による因果関係の連鎖です。男性にのみあてはまる現象です。興味のある方はご一読を。

絶筆となった2006年の読者への返信が収録されています。彼女の誠実な人柄が偲ばれます。若くしてお亡くなりになって、本当に残念です。

(新潮文庫平成22年23刷514円税別)

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