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2010年9月10日 (金)

香山リカ『老後がこわい』

テレビのコメンテーターとしては凡庸な印象しかなかった人ですが、これは正直にシニアシングル女性の老後の不安が綴られていて、感心しました。とりわけ女性が一人で暮らすのは大変で、賃貸なんかだとほとんど貸してくれないというこようです。だから「持ち家のないシニアシングル女性の住まいに関して『これだ』という回答はないのだ」(52頁)ということになります。

また、娘が未婚のまま母と娘で仲良く老いていくとき、いずれは来る別れのときの喪失感には乗り超えがたいものがあることも記されています。「九〇代のパパやママがわが子の心配をし、七〇代の娘が『一〇〇歳のママが死んじゃった』と悲嘆に暮れる。そんな光景がこの先、どこでもあたりまえに見られるようになるだろう」(83頁)とも。

のたれ死ぬにも20万円くらいは持って、自身の遺体の始末をしてもらえるよう備えておくことが必要だとは、斎藤美奈子『冠婚葬祭のひみつ』(岩波書店)を引き合いに出しながら述べていますが、男性だって老後はこわい、と江藤淳の話を出したりして、説得力があります。

私も父が一人でマンション暮らしをしていますので、心配がないわけではありませんが、幸い家事を一人でこなせる人なので、ボケを心配するのはまだ先のことのようで、多少安心しています。

しかし、いずれはこの問題は自分にふりかかってくるわけで、家内は私が先に死ぬのを禁じていますので、私も父と同様いずれ一人で都会でマンション暮らしをする予定でいます。あくまで予定ですが、父の暮らしぶりを参考にしたいと思っています。お迎えが来たときの手順とか、しっかり備えておくつもりです。

ところで、少子化の先にある多死社会は、今後、葬儀や供養のあり方にも大きな変化をもたらすことになるでしょう。斎藤美奈子『冠婚葬祭のひみつ』では、収骨しないという欧米流の方法が紹介されていましたが、火葬場で骨が残らないところまで焼いてしまうなら、散骨すら必要でなくなります。

こういうことはあるとき急激に変わるのかもしれません。自分の番が来たとき一体どうなっていることやら。

(講談社現代新書2006年700円+税)

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