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2010年9月20日 (月)

斎藤美奈子『麗しき男性誌』

女性誌というのはありますが、男性誌というのは思えば耳慣れない言葉で、著者の目の付け所がこの時点ですでに興味をそそります。週刊新潮や文藝春秋のような一般誌からはじまり、メンズクラブや週刊ゴルフダイジェストそして、結果として男性読者がほとんどで、編集も女性読者をとりたてて意識していないヘラブナ釣りや鉄道あるいは兵器などの雑誌も含みます。

著者が言うように「男性誌に限らず、雑誌というのは一種のサークルみたいなところがあって、常連の読者からすると美点も欠点も知り尽くした旧知の間柄、あうんの呼吸だけでわかりあえる空間」なので、まあ、そこが面白いところです。ひみつ結社みたいに団結して同じ服装で呼吸を合わせたりしているところもあるんです。

また、同好の士の背後には情報を共有する雑誌が必ずといっていいほどあるので、田舎ものが参入するのにこれほど良い教科書はないのです。昔、横浜球場で行なわれたRCサクセションのコンサートに行ったとき、みんなどこで買ったのか同じような月亭可朝がかぶるような帽子をかぶっていました。あれも教科書があったのでしょうか。

それはともかく、雑誌はしばしば流行のような社会現象をお膳立てするツールなので、その渦中から抜け出て外から見たらけったいなことをしているようで笑えてきます。大体、私が学生のころも話題と言えば女か車かみたいな連中はたくさんいましたが、その彼らの行動様式や衣装もすべて男性誌という教科書に教えられていたのでしょうね。当時はわかんなかったけど。

雑誌の特徴を比喩的に言い表すとき、著者のペンはことさらに冴えるように見えます。たとえば「年の頃なら四〇代~五〇代。若いときから妙に目配りと要領はよく、とりたてて個性的でも一芸に秀でているわけでもないのに、上には覚えめでたく下にはなれなれしく、自らのポジションをしっかり確保している人物」(51-52頁)というのは「文藝春秋」。

「メンズクラブ」は「興味があるのはひたすら自分。仕事なんか本当はどうでもいい。仕事ができるビジネスマン風に見えるボクが好き。電脳環境なんか本当は適当でいい。電脳機器に精通している風に見えるボクが好き。姿見に自分の姿を映し、前を向いたり横を向いたり、髪をなでたりかき上げたり。いつまでも、ためつすがめつしていられる男」(153頁)。

「週刊プレイボーイ」に対しては「なぜにあなたはそんなに熱い」という見出しだけでも十分笑わせてくれます。

これだけ思いっきりいいたいことを言っていても、著者の文章にはどこかかわいげがあります。殺伐とした感じにならないところが持ち味です。

しかし、今や雑誌の売り上げは軒並み落っこちて大変ですね。インターネットで最新の情報がとれるようになると、ますます雑誌の存在意義が薄れてきます。どうなるのでしょう。

新聞の方はまだ危機意識が希薄ですが、実は雑誌よりもはるかに危ない気がします。気に入らない政治家に対して共同でネガティブキャンペーンを張ったりしているようでは、Xデーも近いでしょう。

(文春文庫2007年638円+税)

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