木田元『闇屋になりそこねた哲学者』
題名通り戦後闇屋をやって一家を支えていたという珍しい経歴の哲学者です。若い頃の写真は実にいい男です。文庫の表紙にもなっている著者の17才の頃の写真なんかは、本当に可愛らしい美少年です。でも、闇屋をやっていた頃の写真はやはり目つきが鋭くて、迫力があります。
そういえば、故種村季弘が闇屋をやっていたことは知っていましたが、著者の経験の方がもっと荒っぽい感じがします。種村さんの本も面白かったですが、やはり経験が生きているのかもしれません。
本書によれば、著者はハイデッガーの哲学に惹かれて哲学徒の道を選んだとのことですが、ハイデッガーについての本は1983年の55歳の頃に初めて出しています。その当時、栗本愼一郎氏はその本を手に取りながら、まだ読んでいないのに、著者を軽んじたようなことを言っていましたが、その後何とも言わなかったところを見ると、読んでみていたく感心したか、結局読まなかったかのどちらかだったのでしょう。後者のような気がしますが。
栗本さんのように読まずに批評をしてしまう人というのは、実はこの手の業界には少なくないのですが、著者は徹底して読んで、ちゃんとわかるまでは書かない人です。その誠実さは信頼できると思います。そして、結局しっかりした読解力が著者のオリジナルな思想を紡ぎ出しているということは、著者の息の長い著作活動を見ても明らかです。
著者は言います。「本というのは大体意味がわかればよいというものではなくて、前置詞や小さな副詞にいたるまで、なぜ、それがそこにあるということを明確に読み取らなければならないものです。ぼくたちのような読み方は、昔の訓詁学みたいで古くさいと思われるかもしれませんが、僕はこれしかないと思っています」(197頁)。
そうなんですよね。私は留学を終わって帰ってきた頃から特にこの読み方を意識して行なうようになりました。これは恩師や何人かの友人たちのおかげですが、私も「これしかない」と思っています。ただし、ハイデッガーは相変わらず好きになれませんが。
本書は自伝ですからもちろん固いことばかり書いてあるわけではありません。とはいえ、マッハからフッサールへの影響が書かれたあたりは実に面白くて、著者の力量が半端でないことが窺われます。これから意識して著者のものを読んでいこうと思います。
(ちくま文庫2010年720円+税)
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