N・ルーマン『手続を通しての正統化』今井弘道訳
昔、ルーマンの『法社会学』を読んだときには感じなかったのですが、本書はかなり読みにくい文体です。翻訳のせいでもありますが、原文が読みにくそうなところは伝わってきます。
読みにくい文章でも内容があって味わい深いものならいいのですが、ルーマンには哲学があるわけではありません。優秀な社会学者だとは思いますが、文章で考える人ではないようです。社会学としてのアイデアはある意味凡庸でわかりやすいものです。
読みにくくてわかりやすい内容というのは矛盾しているかもしれませんが、章末でまとめたり、章の始めで前章をまとめたりと、内容が二、三度繰り返して出てくるので、言いたいことはわかるわけです。
しかし、論証ということになると、自身の理論に登場する「複雑性の縮減」とか「予期」といった独自の概念をじゃんじゃか使うので、ルーマン理論に心酔する人びとにとっては呪文のような魅力があるのでしょうが、予備知識のない読者にとってはちんぷんかんぷんでしょう。
どんな感じになるかというと、例えば「予期」について、
「即ち、手続それ自体は何ら真理性基準ではないが、決定の正しさを高める、それはコミュニケーションを可能にしキャナライズする、決定の成立を保証する、しかも論理が機能するか否か、唯一正しい解決の見通しを可能にするか否かとは独立にそうする、真理発見についての予見可能な妨害の除去に仕える、といった予期である」(3頁)
さらに問題になるのが訳語です。ここではキャナライズという英語が原文でも使われているのかもしれませんが、全体にカタカナ語がたくさんあって、英語もフランス語もドイツ語も頻出します。メルクマール、コンフリクト、フラクション、ザッハリヒ、オルタナティヴ、レレヴァント、イレレヴァント、ディメンジョン、インスタンツ、アンガージュマン、アマルガム化なーんて具合です。こんな感じ。
「実際の動機づけとして働く利害は、もはやあれこれの少数のプログラム的なオルタナティヴへと尖鋭化されえず、政党の中での内的な予備的選択と脱尖鋭化とによってアマルガム化され、もはや単に理想的で誰もが気に入るようなプログラムとして有権者の前に提示されることになる」(203頁)
「一つのインスタンツ、一つのヒエラルヒーでさえ、相対的に少数の情報を受けうるにすぎず、わずかな矛盾とコンフリクトを吸収しうるにすぎず、かなりプリミティヴに決定しうるにすぎないであろう」(310頁)
もうほとんど爆笑ものです。ルーマン本人は自らの理論的構築物の上で観念を走り回らせているので幸せでしょうけれど、翻訳者ももうちょっと工夫したほうがいいと思います。
ま、言いたいことはわかったので論文の参考文献には入れておきますが、一般にお勧めできる本ではありません。
ところで、私のドイツ語のS師匠からルーマン理論ってのは旧東ドイツの某法理論家の完全なパクリだと聞いたたことがあります。読める人は読んでいるし、完全にバレてるんです(世の中にはおそるべき勉強家がいるもので、当時社会主義法を専門としていたS師匠はその一人です)が、そんなことをごまかそうとするから、こんなけったいな文章になるのかもしれません。
(風行社1990年3300円)
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