H・ケルゼン『ヤハウェとゼウスの正義』ケルゼン選集4、長尾龍一訳
図書館で借りて読みました。旧約聖書とギリシア神話の正義についてです。さすがケルゼンという鋭さがあります。旧約の正義を「信仰の秘儀」(4頁)ととらえています。
つまり「神が存在する以上、絶対的正義が存在する。人間は神の本質を認識しえないが、なお神の存在を信じざるをえないように、絶対的正義とは何かを知りえないが、なおその存在を信じざるえない」(同頁)というわけです。
何だ、カントじゃないか、と思わなくもないのですが、ケルゼンも新カント派に位置づけられるくらいですから、この理解は共通しています。というより、ヨーロッパの正義論の伝統ですね。
それから、新約の「神の国は汝等の内にある」というところを「汝等のあいだにある」と読み(聖書学的根拠を踏まえた上です、もちろん)、イエスが神の国を地上に立てようとしたととらえているところが斬新でした。なるほどそういうのもありかもと思いました。ただ、そうするとイエス像がつまらなくなる気もします。
最近は法哲学者の著作をいろいろと読んでみていますが、やはりケルゼンの感性は一流です。しっかり旧約が押さえてあります。最近の論者にはあまりいないのですが、きょうびたとえクリスチャンでも聖書をあまり真剣に読まなくなっているからかもしれません。
私はハンガリーに初めて行ったとき、現地のユダヤ系ハンガリー人から「日本の大学ではモーゼの法律(律法)を教えていますか」と聞かれて妙に感心して以来、モーゼ五書には関心を持ち続けています。モーゼの律法を無効宣言するくらいの宗教改革が行われると、世界は180度変わるように思います。
でも、そうするとみんな真宗の妙好人みたいになってしまうかもしれません。いいんですけど。
(木鐸社1975年)
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