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2011年1月31日 (月)

勢古浩爾『負けない』

勝ち組とか負け組とかやたらとうるさいころがありましたが、そんな世間の風潮に流されず「負けるな」の一言で励ましてくれる本です。物真似芸人のコロッケが以前テレビで「あ・お・い・く・ま」って言っていましたが、「あせるな」「おごるな」「いばるな」「くさるな」「まけるな」の最初の文字を並べたものです。この最後の「負けるな」は効いていますよね。

本書もこれと似ていて、真面目に生きている人びとへの応援歌です。著者は言います。

「やさしさやまじめさは最後には強いんです。最初でも強いですが。それに強さが加わればもっと強い。あたりまえですけど。その証拠に「まじめ」はばかにされながらも、人類史を今に至るまで生き抜いてきています。誠実も勤勉も優しさも思いやりもそうです。粗暴や損得や支配や憎悪のなかで、よくぞいままで生き抜いているものです」(53頁)

著者のまなざしは優しいです。実は、親戚の大学生の兄弟が二人とも世間に出たがらなくてニート予備軍みたいになっているのですが、本書をすすめてみましょうか。少しでも元気を出してくれるといいのですが。

(ちくまプリマー新書2009年780円+税)

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2011年1月28日 (金)

岡野雅行『不可能を可能にする あしたの発想学』

著者の本はほとんど読んでいますが、これもまた面白かったです。実際言われていることはほとんどどれも同じような内容なのですが、何度読んでもためになります。そして、何よりも元気と勇気が湧いてきます。

江戸っ子の語り口も爽やかですが、それは著者の生きる姿勢がそうだからです。「世の中、頭つかって一生懸命やれば、何でも思い通りになる」と本の帯にありますが、その通りにしてきた人だけに説得力があります。

私立大学経営のヒントになるようなこともたくさんありますが、活かすことのできる経営者がいるかと言えば、かなりブルーな気持ちになります。どう考えても経営の素人がやっているとしか思えない大学ならたくさんありますが、入学者減少傾向にあるところがV字回復して、いつのまにか一流大学の仲間入りしたというような話は聞いたことがありません。

むしろこの本に出てくるような大企業のえげつなさだけを小規模私立大学でありながら身につけてしまったところが少なくありません。全国の約半数の大学が定員割れですからね。これに加えて文科省からの天下り教職員は幹部を官僚化するという弊害を残していってくれます。

えらいこっちゃです。これからは著者にヒントをもらいながら、自力で勝負できるくらいスキルアップに努めて、思想と語学の私塾を開く方向でがんばるつもりです。

(KKロングセラーズ平成22年800円+税)

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2011年1月27日 (木)

清水義範|文・西原理恵子|え『おもしろくても理科』

理科が苦手でそのまま数物系や生物化学地学まで受けつけなくなってしまった人のための理科入門書です。思えば小学校まで結構いろいろな実験をしたりしながら面白がっていた子どもたちの半数以上が、いや、7割以上が、どこかの時点で脱落してしまって大人になっているのです。

だから、本書のように理科からのつながりを上手く解説してもらうと、へぇー、そうだったのかって腑に落ちることが少なくないと思います。さらにそこで、著者の解説が少しでもややこしくなろうとすると、すかさず読者の視点を代表する西原理恵子のマンガが思いっ切り鋭いツッコミを入れます。この呼吸が素晴らしいのです。

それにしても西原理恵子のマンガは破壊力抜群です。買おうと思っていて忘れかけていた『まいにち母さん』シリーズを買わなきゃという気持ちにさせられました。それから「恨ミシュラン』も、古本屋で見かけたので、これも買っておきます。

結果として理科はどうでもよくなり、それよりもパワー全開の西原マンガをもっと読みたくなってしまいました。

(講談社文庫1998年467円税別)

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2011年1月26日 (水)

渡辺幹雄『ロールズ正義論の行方 ―その全体系の批判的考察』

著者が30歳のころに出された本です。細かく専門家向けに議論を組み立てていて、立派な研究書です。私にはこんな立派な本はかけないなあと感心させられます。ただ、一般的読者には難しい言葉遣いです。外来語が多くて大学生でもついていけないところがあります。

題名から見てもわかるようにロールズの理論体系全体を丹念に批判しています。諸大家の批判を手がかりにしながら細かく議論していますが、その結果最終的にロールズの美点がどこにあったのかがわからなくなるほどです。それはもう、ここまでくるとロールズへの愛がほとんど感じられないくらいです。

議論の仕方が研究者向けということですから仕方ありませんが、この作業を経た後、もう一度ロールズ論を一般読者に向けて書いてもらいたいところです。つまり、基本的な諸概念を自分の言葉で組み立てながら、ロールズを検討するというスタイルで、ロールズのここがすごいということを書いてもらってはじめて、一般読者としては納得できるように思います。

文体は饒舌で、若さと勢いがあっていいのですが、「~のだ」「~のである」が頻出するため、強引な論証のように見えてしまうのが難点です。それともこれは自信がないことの裏づけでしょうか。著者はきっと現時点で自分の文章を読み直してみて恥ずかしいと思っているんじゃないでしょうか。そう思わないとしたら個人的にはあんまりお友達にはなりたくないです。

わが国の学会での評価は高いと思いますが、本として公刊する以上、もう少し読者サービスもしてくれるとありがたいです。

(春秋社1998年5000円+税)

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2011年1月24日 (月)

群ようこ『都立桃耳高校 ―神様お願い!篇―』

いやー、面白かったです。なまくらな脱力系青春群像小説です。同世代の人にとっては懐かしい時代設定でしょうね。私の場合は著者の4年下なので、サブカルチャーが少しずれていますが、兄や姉のいた同級生の趣味はこんなんだったよねーって感じです。

ジミヘンやジャニス・ジョプリンあるいは「はっぴいえんど」なんてのは私にとってはお兄さんお姉さん世代の趣味で、ちょっと大人の感じが今でもしているのは不思議です。

主人公は作者とほぼ等身大の感じですが、太目のロック少女でミッキー吉野に似ているという設定はなかなか強烈です。読んでいると登場人物のものの見方がどことなく米原万里さんに似ているような気がしてきました。

本書に出てくる文科系サークルの部室で何するでもなくお茶を飲んでいる感じというのは、練習が休みの日に部室でボール磨きをしてみんなで駄弁っていた自分の高校時代の思い出と重なります。そこはかとなくほのぼのとした楽しいひとときでしたが、私の入っていた当時のバスケ部は、その学年に限ってお勉強が苦手な連中が男女ともにたくさん集まっていました。そういえば大半が数学で赤点を取って補習を受けていたこともありました。ただ、みんなバスケだけは大好きでした。

この間の同窓会も当時と変わらない感じで話ができたのは幸せでしたが、一人早世した仲間がいてびっくりしました。これからはますますお互いにご無事で何よりという感じになってくるのでしょうね。

それにしても著者の文章はいつも勢いがあって切れがいいです。品がいいところも素敵です。

(新潮文庫平成12年438円税別)

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2011年1月23日 (日)

H・ケルゼン『ヤハウェとゼウスの正義』ケルゼン選集4、長尾龍一訳

図書館で借りて読みました。旧約聖書とギリシア神話の正義についてです。さすがケルゼンという鋭さがあります。旧約の正義を「信仰の秘儀」(4頁)ととらえています。

つまり「神が存在する以上、絶対的正義が存在する。人間は神の本質を認識しえないが、なお神の存在を信じざるをえないように、絶対的正義とは何かを知りえないが、なおその存在を信じざるえない」(同頁)というわけです。

何だ、カントじゃないか、と思わなくもないのですが、ケルゼンも新カント派に位置づけられるくらいですから、この理解は共通しています。というより、ヨーロッパの正義論の伝統ですね。

それから、新約の「神の国は汝等の内にある」というところを「汝等のあいだにある」と読み(聖書学的根拠を踏まえた上です、もちろん)、イエスが神の国を地上に立てようとしたととらえているところが斬新でした。なるほどそういうのもありかもと思いました。ただ、そうするとイエス像がつまらなくなる気もします。

最近は法哲学者の著作をいろいろと読んでみていますが、やはりケルゼンの感性は一流です。しっかり旧約が押さえてあります。最近の論者にはあまりいないのですが、きょうびたとえクリスチャンでも聖書をあまり真剣に読まなくなっているからかもしれません。

私はハンガリーに初めて行ったとき、現地のユダヤ系ハンガリー人から「日本の大学ではモーゼの法律(律法)を教えていますか」と聞かれて妙に感心して以来、モーゼ五書には関心を持ち続けています。モーゼの律法を無効宣言するくらいの宗教改革が行われると、世界は180度変わるように思います。

でも、そうするとみんな真宗の妙好人みたいになってしまうかもしれません。いいんですけど。

(木鐸社1975年)

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2011年1月22日 (土)

勢古浩爾『ビジネス書大バカ事典』

なるほど読んでみると本当に大バカなビジネス書もどきがあるものだと感心させられます。ほとんどトンデモ本の世界です。ここで取り上げられるインチキ著者の本はほとんど読んだことがなかったので、勉強になったというか、読まずにすんでよかったという気になります。苫米地本なんて凄いんですね。知らなかった。

ただ、、本書はトンデモ系著者のバカさ加減を笑うだけの本ではなくて、最後に優れたビジネス書の紹介もしています。これがいいのです。小倉昌男や岡野雅行のような立派な経営者の本を取り上げながら、人の生き方についても熱く語っています。

また、本ではありませんが、画家の石井一男の絵一筋の人生についても紹介されていて(302頁)、さきほどネットで作品を見て惹きつけられました。これです。→ http://ishii.mai433.com/ いい画家ですね。

ビジネス書もどきのトンデモ本にだまされるのは、カルト宗教や詐欺に引っかかるのと同じ心理がはたらくからでしょう。なんとも寂しいものがあります。付け込む方はもちろんろくでもないのですが、付け込まれる方にも十分弱いところがあります。

そういえば女狐に騙された老経営者やらお金持ちなんてのを話に聞いたり、実際に何人かはこの目で両当事者とも見たこともありますが、みんな哀れで弱いところを抱えていましたね。騙すほうからすると本当にカモがネギをしょってくるように見えていたことでしょうに。

(三五館2010年1,600円+税)

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2011年1月21日 (金)

土屋賢二『ツチヤの軽はずみ』

一度単行本が出た当時に買って読んで、その後単行本がどこかに行ってしまったので、今回文庫本で入手して二度目を読みました。読んだ記憶のあるエッセーもありましたが、やっぱり何度読んでも笑えます。

ところで、本書では思わず付箋を貼ってしまった箇所がありました。それが次の箇所です。

「哲学者というものは、寡黙で思索にふけっているものと想像されるかもしれないが。ギリシア哲学以来、哲学者はしゃべり続け、物別れに終わり続けてきた」

そうですよね。著者の本にしては珍しく冗談に紛れて正しいことが書いてあります。普通は冗談に冗談がどんどん飛躍しながら重なっていくのですが、これは本当のことです。

実際、ソクラテスなんか書かなかった人ですから、舌禍で私刑になったようなものです。まあ、本人は結構えげつなく政治に関わっていたという研究もありますが、おしゃべりだったことはたしかでしょう。

その意味では著者も文章からすると饒舌です。哲学者の伝統に連なっているのでしょう。饒舌で子供じみていながら難解を気取るというのが昨今の欧米の哲学者のはやりのようですが、難解の代わりに文章をこれだけ冗談で埋め尽くすというのは素晴らしいサービス精神です。

これでようやく著者の文庫本を制覇したので、次は『ツチヤ教授の哲学講義』を読んでみます。

(文春文庫2001年448円+税)

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2011年1月20日 (木)

ジョセフ・ラズ『権威としての法 ―法理学論集―』(深田三徳編)

ラズをちゃんと読んだのは初めてです。学者の論文集なので、面白いというものではありません。法理学というのは割と関西系の人が使いますが、法哲学と同じようなものです。物理学があるなら法理学もわかるでしょ、という感じのネーミングです。ただ、門外漢にはどちらも???でしょうね。

表題どおり、法についての思考というのは極端に言えば背景に権威があるかどうかで決まると言っているような本です。根拠となる論理を探ると非合理的なものが出てきて、それを新たに命名すると「権威」ということになるというわけです。しかし、それだったら権力とか国家といった問題はどうなるのかといったところには進みません。権威という概念自体が曖昧なので、そこで思考はストップしてしまいます。

まあ、ストップをあえてするのなら法哲学としては意味がありますが、徹底して存在の根底を問うていくべき哲学としてはちょっとダメなのではと思わされます。

この点ではハートやドゥオーキンにはオリジナリティがありますが、ラズはそうした先人に対する経緯を表して批評的立場に終始している感じなので、かえって小物感が漂ってしまいます。一般読者を想定した戦略に乏しいのかもしれませんが、この点でずいぶん損しています。論理記号を駆使していて読むのに難儀しますが、内容は単純です。

専門以外の人にはおすすめしません。

(勁草書房1994年)

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2011年1月18日 (火)

星新一『ボッコちゃん』

星新一自薦ショートショート集です。小学校のころ流行っていたのを思い出して買って読んでみました。そのころあまり読まなかったのですが、こうして久しぶりにまとめて読んでみると、やっぱり大変な才能ですね。よくもまあこれだけバラエティに富んだ話を思いつくものです。

当時はあまり感じませんでしたが、ストーリー展開のリズムや読後感が手塚治虫の短編漫画と似ているところがあります。反権力的なスタンスも似ています。

思えば、このあいだ読んだ『人民は弱し 管理は強し』もそうでしたが、人間のえげつなさについてはもうほとんど諦めきっているところがありますね。これに対しては、毒のある結末でお返ししている感じです。

また何かの折に読んでみます。

(新潮文庫昭和46年476円税別)

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2011年1月15日 (土)

森毅『人生20年説 人は一生に4回生まれ変わる』

副題のように、20年ごとに人生を分けて考えたらどうかという一風変わった提案です。人が思いもつかないようなことをテキトーな雰囲気で言ってのけるところが著者の持ち味ですが、全編そんな放談でできています。インタビューからまとめられたようですが、それがかえってリラックスした雰囲気を伝えています。

著者はかなりの読書家なので、話の間にいろいろな「へぇーっ」という逸話が挟まれていて楽しめます。白雪姫やヘンゼルとグレーテルの原型は継母ではなくて実の母親だったんですね。残酷だってんで、グリムが改竄したそうです。法学者でもあったグリムってたいしたことないのかも、と思ってしまいました。

また、「えらい人から教わる能力はたいしたことなくて、それより高級な能力はアホから教わる能力。普段アホやと思っている奴が、意外といいこと言うことがある。あるいは、言ったことがヒントになることがある。先生から教わるのは当たり前なことで、妙なこと言ってる奴から何か学ぶ方が難しい」(32頁)とも。

そうなんですよ。いろんな学生と接しているとよくわかりますね。あいつはアホやと見下すのはまだまだ修行が足りないのです。大学の先生なんてそんな人が多いので、学会なんかに出ると息が詰まります。でも修行が足りないだけあって、ご本人の研究はオリジナリティが何もなかったりします。アホに学んでないからでしょう。

お勉強のできる(できた)バカになってはいけませんね。真剣に学問するアホになりましょう。

(イースト・プレス1991年1200円税込)

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2011年1月14日 (金)

ピーノ・アプリーレ『愚か者ほど出世する』

サラリーマンにはこういう思いを抱く人が多いでしょう。ダーウィン進化論の向こうを張って冗談八割、本気二割くらいの配分で書かれた本です。しかし、自然科学的な裏付けとなりそうな事実もあるので、「そうかも」という気になります。中でも動物が人間に飼われると馬鹿になるというのは象徴的です。

世の中の人間はほとんど馬鹿で、文明が進むにしたがってその比率はどんどん増えており、賢い人は自然淘汰されるという著者の主張は、誰がそれを判定するのかという問題もありますが、何より笑えます。手の込んだ仕掛けで笑わせてくれるところは、サービス精神旺盛なイタリア人著者らしいところです。

著者の主張を少し挙げてみると、次のようになります。

「バカなやつほど生きのびる」
「リーダーは能なしのほうがいい」
「のさばるのはバカばかり」
「人間は寄れば寄るほどバカになる」

そうだそうだ、うちの職場もだと思う人は少なくないでしょう。私はアメリカの漫画『ディルバート』を思い出しました。『ディルバート』の著者によれば、バカの比率は99%だったと思います。著者のもとには世界中から「どうしてうちの会社の秘密を知っているんだ」という問い合わせが少なからず寄せられたということです。

こうしたバカの中には自分のことを優秀だと思っているバカも当然含まれます。これが一番たちが悪いと思います。権力を持たせたらとんでもないことになります。本当に優秀な人に対しては抜き難いコンプレックスがあるので、ポル・ポト政権みたいなことになります。もちろん単に無学で欲得ずくのバカも、知能に関してコンプレックスがあると、事情は同じです。

それにしても、クロマニヨン人よりもはるかに脳が大きかったと言われるネアンデルタール人たちは、いったいどんなことを考えたり、夢見たりしていたのでしょう。お墓に花を飾るくらいですから、故人を心優しくあの世に送り出していたのでしょうね。

(中央公論新社2003年1500円+税)

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2011年1月13日 (木)

田中成明『法理学講義』

本書が出版された1994年に一度読んだことがありましたが、今回論文をまとめるにあたってかなり念入りに再読しました。法理学=法哲学を勉強する人にとっては必読の教科書ですし、研究者にとっても学説史や基本文献を確認するために手放せない本だと思います。

全体に丁寧に各学説の要点を押さえ、邦語のみですが見事に基本文献が押さえられています。しかし、たんなる網羅的な本ではなく、法律の判断基準を対話的合理性に求めるという著者の主張はしっかり述べられています。

対話的合理性というのは常識・良識・社会通念といったものに基づいています。これに対する批判もないではないようですが、学者のように反対のための反対意見をひねり出すようなことをしない法律実務家ならば、おそらく納得するのではないかと思います。

精密で正確な論理展開は著者の身上ですが、今回よく読んでみて気になったところが一点ありました。193頁でルーカスの議論を紹介しながら、ルーカスのアリストテレスの理解に基づいてハイエクやフラーの議論を紹介しているところです。ルーカスのアリストテレスの理解が曲解としか言えないお粗末なものなのに、その曲解を根拠として論理を展開するのはハイエクやフラーには気の毒だなあという気がしました。

アリストテレスの『ニコマコス倫理学』をひもとけばすぐにわかることです。ちょっとがっかりです。

(有斐閣1994年2900円+税)

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2011年1月12日 (水)

朱川湊人『わくらば日記』

これもノスタルジックな味わいのあるホラーというより推理小説でしょうか。著者の世代と同じくらいなのでノスタルジックに感じるのかと思っていましたが、どうやら著者はどの時代を書いても同様に感じさせてくれるようです。要するに筆力の問題なのでしょう。

本書は昭和30年代の東京の荒川沿いの下町が舞台です。戦後を引きずりながら高度経済成長に突入していった世相が上手にとらえられています。この設定だと私の叔母くらいの年代ですので、今度読んでもらって感想を聞いてみたいものです。

主人公の女の子のお姉さんは透視能力があって、犯罪の現場に行ったり、犯人に出会ったりすると、事件が見えてしまうのです。人物造形にリアリティーがあるので、そんな人が実際にいそうな気がしてきます。

かなり怖いところもありますし、じーんと来る章もあります。いろいろと趣向が凝らされているのにはいつもながら感心させられます。

これは連載シリーズものなので、本書で全体は完結せず、続編があるようです。楽しみです。

(角川文庫平成21年552円+税)

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2011年1月10日 (月)

朱川湊人『かたみ歌』

連作短編集です。7編のいい話や怖い話が最後の最後で全部つながります。見事な構成でびっくりです。そして、泣かせててくれます。いやー、いい小説を読みました。最後は希望にも満ちていて、読後感は実に良いです。

フィクションとはわかっていても、驚くほどリアリティーがあり、時代背景の描写に神経が使われているので昭和の雰囲気がまざまざと伝わってきます。お勧めです。

今日は締め切りの原稿があるので、この辺でとどめておきますが、著者の本、これから病みつきになりそうです。

(新潮文庫平成20年438円税別)

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2011年1月 9日 (日)

朱川湊人『花まんま』

久々に泣ける短編集です。私にとっては西加奈子の『さくら』以来です。特に表題作の「花まんま」はお見事です。直木賞を貰うのも当然ですね。

作者とは世代が近い上に、昭和40年代には大阪の堺市に住んでいたこともあり、本書の舞台設定はよくわかります。そういやあのころそんなんやったわ、という小道具がたくさん出てきます。今の若い読者にとってはどうなのかわかりませんが、著者が「ノスタルジック・ホラーの名手」と言われたりするのも本書で十分に納得できました。

わが国にはこんなふうに見事な物語を書ける作家というのがいる一方で、文学や演劇の研究ないし評論というのは何でまたあんなに文学的・演劇的センスがないのかと、あきれることがあります。ちゃんと作品が鑑賞できない代表選手がその輩なのですから。

その一方でヘンに理屈をこねない一般読者や観客の作品理解のレベルは全体に非常に高いとも感じます。要するにわかっている人はわかっているのです。余計なことは言わないだけの話なのかもしれません。

あ、テレビドラマの水準はダメですけど。

それにしてもこうして別世界に連れて行ってくれる作品はいいですね。カタルシスが得られます。やっぱ小説はこうでなくっちゃ。

(文春文庫2008年514円+税)

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2011年1月 8日 (土)

米原万里『ガゼネッタ&シモネッタ』

著者の本で未読のものがまだ数冊あるので、ちょっとずつ楽しみに読んでいます。本書は本当にいろんなところに(50以上の雑誌などの媒体に)書かれたエッセーを集めた本ですが、どれも面白いです。

稀代の読書家で文学愛好者だった彼女のエッセーにはお勧めの本や映画の情報もたくさんあり、本書で紹介されているものでは、『博士と狂人』、映画の『こねこ』、コンチャロフスキー監督の『ワーニャ叔父さん』、漫画の『石の花』をはじめ、ユーゴスラヴィア関連文献など、ぜひとも読みたい、観たい作品が目白押しでした。備忘録を兼ねてここに挙げておきます。

しかし、早くお亡くなりになったのは本当に残念です。まだ『魔女1ダース』や『ロシアは今日も荒れ模様』などは読んでいないので、これからゆっくり味わいたいと思います。

(文春文庫2003年562円+税)

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2011年1月 1日 (土)

長尾龍一『法哲学入門』

今、正義論の流れをずっと見てきたところで、本書を本棚から引っ張り出して再読してみました。ロールズもドゥウォーキンもノージックも自然法論だという指摘(186頁)に深く頷かされながら、ケルゼンとヘーゲルについて言及されている箇所を遡って確認してみたところです。

特にヘーゲルは「復讐する正義」に代わって「処罰する正義」が登場しなければならなぬ(172頁)と印象深いことを言っているので、これは翻訳と原文まで確認しました。ケルゼンもおそらくはこれを受けて論文「ギリシア宗教の正義観」を書いたのでしょう。

正義とは「不正の処罰」だときっぱり明言したのは最近ではサンデルのぬるい正義論を批判した長谷川三千子だと思いますが、この観念を遡るとやはり旧約聖書に行き着きそうです。旧約聖書では、十戒のすぐあとに処罰が規定された「契約の書」が続きます。神の権威による十戒は命令だけですが、処罰ということになれば社会性が生まれます。

たとえば「人を打って死なせたものは死刑に処する」(出エジプト記21−12)とあります。具体的に死刑に処するのはもはや神ではなくて、制度の問題ですから。

さて、これとは別に、著者の主張として印象的だったのは、は正義に関する合意を作り出すにあたって「理論・思想・教義などという高級なものはかえってじゃまで、人間性のあまり高尚でない側面が共通の場となることである」(187頁)と述べているところです。

こうした現実感覚が優れているのが著者の特徴ですが、昔読んだときは気がつきませんでした。これが著者の自信に満ちた語り口を支えているようです。決して「東大法学部が日本一」(本人談とのこと)ということが自信の裏付けではなかったんですね。学歴自慢は故宮沢喜一みたいですが、まあ、ご愛敬ということにして、今後は書かれたものに集中したいと思います。

(日本評論社1982年1800円)

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