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2011年2月27日 (日)

降旗学『残酷な楽園〜ライフ・イズ・シット・サンドイッチ〜』

高山正之氏が引き合いに出していた本ですので、ネットの古書店で取り寄せて読んでみました。BOOK-OFF 105円のシールがついていたのはちょっとムッとさせられましたが、内容的には綿密に取材して書かれた力作です。名著です。

アボリジニの虐殺についてはニューサウスウェールズ州立図書館まで足を運んで、1928年のある日、ハンターの記録として、狐の横にアボリジニ17と記されている記録を見つけ出してきます。アボリジニの隔離政策も、現地できっちり取材しています。

また、第二次大戦中に日本の捕虜になったとき、日本兵に足首を砕かれて障害が残った老兵の話や、ヴェトナム戦争に参加して、ゲリラ戦の中のとてつもない恐怖から、帰還後に精神に異常を来すオーストラリア人が少なくないということにも驚かされました。

オーストラリアから参戦して死亡した兵士よりも、帰還兵で自殺した者の人数の方が多かったということです。悲惨な話が丹念に集めてあり、読後感は重たいのですが、読んでおいてよかったという気持ちになります。

本書は1997年の本なので、今日多少なりともアボリジニを巡る状況が好転しているかということや、本書の登場人物たちがその後どうなったのかということにも興味があります。続編があるなら読んでみようと思います。

(小学館1997年1500円+税)

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2011年2月24日 (木)

後藤正治『奇蹟の画家』

石井一男の絵を何かで見て衝撃を受けたので読んでみました。口絵にある「女神」で涙がこぼれました。何でしょうね、この絵のすごさは。

個々の女性を通じてみてもそれには到達できないのに、あらゆる女性に共通して存在している女性性や母性のイデアが見えるのかもしれません。見方によっては地蔵菩薩のようにも見えるし、イエスの顔に見える人もいるようです。

著者はこの石井一男の絵に人びとがどのように引きつけられ、どのように関わりを持っていったのかを綿密に取材しています。そうした人びとが石井一男を発見してくれたからこそ、多くの人が知るようになったのですから。

石井一男の絵は完売状態とのことで、せめて図録でも手に入るといいのですが、難しそうですね。神戸に行って関係者に会ってみようかなという気にさせられる本です。

(講談社2009年1700円税別)

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2011年2月22日 (火)

永守重信『[新装版]奇跡の人材育成法—どんな社員も「一流」にしてしまう』

スゴい経営者の本です。情熱の固まりのような人で、圧倒されました。この人なら必ず経営者として成功するはずです。経営者は必読ですね。

大学の経営も、これくらいの感じでやれば、まず学生たちが元気になり、先生たちもダメ教員ではなくなり、お互いにいい効果が出てくるでしょう。本書の精神をくみ取ることで、どんな学生もどんな教員も一流になることができるはずだからです。

そう思って本学を見ると、改善の余地が山ほどあって、どこから手をつけてよいものか見当がつかないくらいです。おそらく全国の私学のほとんどは似たり寄ったりの問題を抱えて定員割れを起こしているのでしょう。

このトンネルを何とか先に抜け出すためにも、他と違うことを考えなければなりません。その意味でも本書はヒントの宝庫です。

まずは自分が元気を出して、周りの人に元気を出してもらうというのが、身近なところでできることでしょう。前途遼遠ですが。

(PHP研究所2008年1000円税別)

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ロバート・ノージック『アナーキー・国家・ユートピア』島津格訳

ロールズの同僚で批判者の代表格の一人、というか好敵手だった人です。かなり議論が細かくてついて行くのが大変です。仮に自分が批判されたとしても、何を批判されているのかをつかむのに一苦労しそうな感じがします。ロールズの批判者って本当に様々なタイプがいるんですね。まあ、それだけのものを書いたということでしょう。

個人的にはロールズ批判の脈絡で、適正手続きについて箇所が興味深かったです。ロールズのこの部分はあまりとりあげられていないところなので、参考になります。

ノージックはリバタリアニズムの主張者の一人だそうですが、リバタリアニズムということで言えば、竹内靖雄や笠井潔の本の方がずっとわかりやすいです。ノージックが面白いのはその設例が思いっきり机上の空論というか、SF的なところです。こんな具合です。

「そこに住むべきある可能的世界を想像していただきたい。この世界は、現在生きている他の人々全員を含む必要はないし、実際に生きたことのない者達を含んでもかまわない。あなたの想像したこの世界にいるすべての理性的動物は、彼が生きるある可能的世界を想像するための、あなたと同じ権利を持つであろう。あなたの想像した世界の他の住人達は、彼らのために創出された世界に留まることを選ぶかもしれないし、それから去って自分自身の想像する世界に住むことを選ぶかもしれない・・・」(484頁)

と、退屈でしょうけれど、こんな具合です。思考実験を楽しむように見えるところは、かのサンデル教授も受け継いでいるところかもしれません。それにしても、この議論を続けられると、聞いている方はつらいでしょうね。読んでいる分には「ふーん」と多少感心しながら読み進むことはできますが、論争中の相手だったりしたら、うんざりしそうです。

これでアメリカの正義論の翻訳で出されている本は一通り読み終わりました。どれも私にとっては魅力的ではありません。こればっかりを有り難がる理由はありません。欧米人ならではの限界も見えています。このことについては先日書いた論文にも書きましたし、土曜日には市民講座で話すつもりです。

私の考えの一部は比較文化論として夏頃本になります。すでにゲラ待ちの状態です。出たら買ってやってください。私が今まで出した本の中でも最も読みやすくわかりやすい本になると思います。

(木鐸社1992年)


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2011年2月15日 (火)

石黒マリーローズ『キリスト教で見るもうひとつのアメリカ』

アメリカ人の政治演説や報道に聖書の知識がどれくらい下敷きになっているかを丁寧に解説した良書です。原文が収録されているので正確な知識が得られます。

こうしてみるとアメリカはほんとうに宗教国家だなあということがよくわかります。ヨーロッパも大陸の諸国ではアメリカほどストレートに聖書を引用しないと思いますが、どうでしょう。フランスなんかはこれほどではないような気がしますし、ハンガリーもこんなことはないと思います。政教分離原則についての意識の違いもあるかもしれません。

本書に出てくる英語の原文は思ったより難しくないものが多いのですが、それだけに聖書の背景を知らないとわけが分からなくなるという事実も際立ちます。

気になる点を一つ。著者はレバノン生まれでご主人が日本人なのですが、ご本人はどういう宗派でどのような教育を受けてこられたのかということがよくわかりません。他の本には書いてあるかもしれないので、もう少し読んでみます。

図書館で借りて読みましたが、本書は常に参照できるように自宅の本棚に常備しておくつもりです。

(日本経済新聞出版社刊、日経プレミアシリーズ2010年)

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2011年2月10日 (木)

マッキンタイア『美徳なき時代』篠崎榮訳

昔大学院のゼミでこの原書を購読していたことがありますが、留学に出てしまってそれなりけりに待っていました。全体として非常によく構成された本です。部分的には眠たくなるところがありますが、これはこちらの教養がついていけないからです。

めっちゃ博識の著者ですが、その博識には理由もあります。著者は何が書かれているかをとりあげるだけではなくて、何が書かれていないのか、どんな問題を一連の思想家たちがこぞってとりあげないのか、ということを読み解くために、思想書だけでなく文学作品も含めて膨大な書物にあたらなければならないからです。

しかし、作品の細部に立ち寄り、寄り道しながらも、著者の論旨ははっきりしています。正義の根拠は共同体での生活と伝統にあるというのがそれです。また、物語論も、今までぼんやりとした関心しかありませんでしたが、あ、そういうことねと腑に落ちました。

これはロールズやノージックにとっても手ごわい相手だったでしょうね。なにしろ著者の方法はヘーゲルの立場に通じているからです。面白い人です。ほかの本も読んでみます。しかし、その前にノージックを再読しておきます。

(みすず書房1993年5500円+税)

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2011年2月 8日 (火)

森末伸行『法思想史概説』

正確に言葉を選んできっちりと考えられた文章ですが、語り口はあっさりしていて好感が持てます。教科書として書かれた三部作の一冊ですが、久しぶりに読み返してみて、あらためて得るところがありました。

昨日のブログでカントの『道徳形而上学原論』を勝手に『実践理性批判』のあとに書かれたと思い込んでいましたが、本書では、前者が3年早いことがしっかり指摘されていました。偶然ながら、ありがたいことです。

そして、そうして見てみると、『実践理性批判』の中の有名な、「汝の意志の格率がつねに同時に普遍的立法の原理とみなされるように行為せよ」という表現は、すでに『道徳形而上学原論』において何度も登場していることもわかりました。

なるほどカントおそるべしです。体系的に思考するという点で、本当に絵に描いたように律儀な思想家です。

それはともかく、思想史の概説書は往々にして退屈になりがちですが、本書は面白く読めます。著者の問題意識をストレートに反映していて、法思想家たちとの対話的な視点から書かれているからでしょう。

(中央大学出版部1994年)

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2011年2月 7日 (月)

カント『道徳形而上学原論』篠田英雄訳

昔よくわからずに読んだことがありましたが、三批判の後に読むと理解が深まります。本書自体が『実践理性批判』のエッセンスにもなっていますので、入門書として読む方法もあるのかもしれませんが、本人が書いた順番に読む方がよくわかります。

これは『プロレゴメナ』についても言えることかもしれません。妙に入門書とかどうとか言わずに初っぱなから『純粋理性批判』に取り組むのが、結果としては書いている著者の気分と同時進行するみたいでいいのかもしれません。

『実践理性批判』がパウロの「ローマ人への手紙」にあたるとすれば、本書は『ガラテア人への手紙』といったところでしょうか。これはこれで何気なく驚くべきことが書かれていたりします。たとえば、

「意志の主観的原理には、それがあたかも普遍的自然法則として妥当するかのような格率が選択されねばならない」120頁)

とありますが、これを眺めながらいろいろと考えていると、あの繊細で真面目なロールズの言う無知の「無知のヴェール」という概念との親和性が見えてきます。また、

「我々のような存在者にとっては、行為の主観的必然性は常に「べし」であって。客観的必然性から区別されるのである」(147頁)

という表現も、ケルゼンがこの存在と当為の二元論で述べていたことにつながってきます。やはり古典はおもしろいですね。

で、まあとにかく、祈るような気持ちで神の行いに自らを近づけることで信仰告白しているような哲学です。カントの真剣なクリスチャンシンカーとしての側面が窺われる本です。『実践理性批判』より読みやすいところがいいですね。今度中央公論社の世界の名著シリーズにある佐藤全弘先生の訳でもう一度読んでみようと思います。

(岩波文庫1976年改訳版560円+税)

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2011年2月 4日 (金)

森末伸行『法哲学概説』

良書です。今時といっても1994年の本ですが、珍しくもヘーゲルやフッサールの論理を用い、マルクスの物象化論を意識しながら、しかしマルキストではない法哲学を構築しています。最近のアメリカ流正義論よりこちらのほうが個人的にはなじみ深いものがあります。

特に自由な交換を通じて不法の概念が発生し、これを社会が認め、国家が認める過程を弁証法的に描き出している手腕は見事です。なるほどこういう議論は久しぶりに新鮮な感じがします。

同著者には『法フェティシズムの陥穽』という本もありますが、タイトルの意味するところが多少飲み込めました。いずれ読んでみたいと思います。

弁証法は現象を分析する際に、上手いこと時間=歴史を組み入れられているので、社会の法則性をとらえるのに適していますが、法則性は必ずしも法ではありません。義務とか神の命令といった無意識に関わるレベルは弁証法だけでは必ずしもうまくいかないと思います。そのあたりをどのように扱うのか、あるいはあえて扱わないのかという点に興味があります。

もう少し著者の本を読んでみます。

(中央大学出版部1994年)

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2011年2月 3日 (木)

清水義範『アキレスと亀』

結構毒のあるパロディ小説です。このようなジャンルをパスティーシュとか言うそうですが、文体模倣なんかお手のものです。いかにもそれらしい人がそれらしいことを言うのがたまらなく可笑しいです。

などと思いながら読み進めていくうちに、本書を以前読んでいたことに途中の短編から気が付きましたが、そのまま二度目を読んでしまいました。二度目も面白かったです。

当時気がつかなかったのか、忘れていたのか「超現実対談」に出てくる高杉源一郎という社会学の大学教授は、明らかに栗本慎一郎でした。口ぶりまでよく似せてあります。相手の純文学作家、板下陽介というのはよくわかりません。吉本隆明ではないみたいですし、特定のモデルはいないのかもしれません。

実際には険悪なムードの対談だったものが、編集者の手が入って穏当な読み物になっていく様子がうまく描かれています。

著者の本と群ようこの本で文庫になったものは以前ほとんど買い集めて読んでいましたが、ここ何年か読まなくなっていて、その間に新たに文庫がたくさん出ています。またおいおい読んでいこうかと思っています。

(角川文庫平成4年485円+税)

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2011年2月 2日 (水)

森末伸行『正義論概説』

同年代の法哲学者の中でも最も読みやすい文章を書く人です。近年お勤め先の大学を辞められたそうで、ご病気とかでなければいいのですが。

本書を読むのは二度目ですが、印象は変わりません。読みやすくて分かりやすい良い本です。正義論の道案内として重宝します。今月末の一般市民向けセミナーのために私自身いろいろと読み直していますが、こういう安心して読める本があると頭の中が整理されてすっきりします。

著者自身の解釈や思想は声高に自身の独自性を主張するものではなくて、よく通る声で控えめに鋭い指摘をするという感じです。本書の最後に「想像力の正義論」という節がありますが、対話的関係の中で具体的な他者の存在を意識する正義論です。

想像力は言語によって表され、そうした「言語能力の卓越性あるいは豊かさこそが、他者への『思いやり』としての想像力を基盤とする『人倫』を創り上げる力となる」(155頁)と著者は言います。

著者はきっと育ちのいい人なんでしょうね。語り口はあっさりとしてますが、提起している問題の深さと広がり具合には実にいいものがあると思います。

(中央大学出版部1999年)

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2011年2月 1日 (火)

マルティン・ルター『現世の主権について 他二篇』吉村善夫訳

国家は暴力装置だと元官房長官がどこかで語っていましたが、領主や封建諸侯の私刑に過ぎなかった中世の刑法を国家に集約する理論が本書です。近代国家形成のきっかけになるとも言われる重要な理論です。

ルターの文章は情熱的で説得力に富んでいます。キリスト者も正義のために剣をとるべきだと力説する気持ちはわかります。領国全体が危機に瀕したときには戦争しなければならないと明言します。岩波書店がこんな日本国憲法9条の精神に反する本を出して大丈夫なの?って感じもするくらいです。きっと、ドイツ人の話だからいいのでしょう。

とはいえ、「このような戦争に於いては、敵を征服するまで、安んじて戦争の慣わし通りに殺戮し強奪し放火しあらゆる災害を敵に加えることが、キリスト教的であり、愛の行為なのである」(77頁)とあると、やはり驚かないわけにはいきません。これでは後のドイツの「30年戦争」の陰惨な殺戮を奨励しているようなものではないでしょうか。

ルターは旧約のカナンやエリコやアイの戦闘や殺戮を引き合いに出して議論を進めますが、まるで当時の呪いが近代になって復活したような感じです。

もっとも、今でもイラクやアフガンあるいはアンゴラなどではこんなことが続いていますし、このルターの正義感覚は今日の国際政治の舞台では相変わらず常識であり続けていると考えておいたほうがいいでしょう。

(岩波文庫1996年520円税込)

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