« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月29日 (火)

レイモンド・ワックス『1冊でわかる 法哲学』中山竜一・橋本祐子・松島裕一訳

翻訳者の中山先生から贈っていただきました。ありがたいことです。だからというわけではありませんが、ユニークな好著です。何より通読しやすいところがいいと思います。

一般に網羅的な入門書はいくら薄くても読みにくいものですが、本書は法哲学の基本問題を代表的な理論家の諸説を中心に解説するという仕方で成功しています。特に英米系の法思想家たちを解説した前半の出来がいいようです。

解説の内容も簡にして要を得たもので、思わず「うまいなあ」と声を上げたくなるくらいです。翻訳もしっかりした日本語で浮ついたところがありません。大学生にお勧めしたい入門書です。

ただ、今時「法哲学」に興味を持つ学生というのは、あまりいないかもしれません。私の学生時代もそうでしたが、このごろ学生を取り巻く環境が余計世知辛くなってきて、こんな就職口に少ない学問を志すなんてほとんど人生を捨ててかからなければならなくなってきています。まあ、旧帝大系法学部なら定員補充で何年に一度かは採用があるかなというくらいですから。

でも、そんなこととは別に、純粋にこの学問に興味を持ってくれる学生がいたら、是非読んで欲しい本の一冊です。中山先生による解説と「日本の読者のための読書案内」も親切で役に立ちます。

ただ、収録された写真の中にかなりショッキングなリンチ殺人現場のそれがあるのはあまり感心しません。いわゆる「奇妙な果実」です。やはり死体の写真は見たくないものです。

(岩波書店2011年1800円+税)

| | コメント (0)

2011年3月28日 (月)

福島香織『潜入ルポ 中国の女 エイズ売春婦から大富豪まで』

タイトルどおり本当にいろんなところに潜入したルポです。著者は女性には入りづらいところも入っていきますし、苦界から富豪まで、また、反体制活動家にも直接会って取材しています。見事です。ジャーナリストの鑑ですね。

ふだん私は中国人留学生たちのお世話をしていますが、日本に入ってくる学生たちは富裕層の部類に入ることが、本書を読むとよくわかります。最下層の人びとはそもそも故郷を離れて海を渡ることはできませんし。

それにしても中国は現実には奴隷制を残しているのではないかと思われるくらい、貧富の差と差別が激しいですね。男女差別も民族差別も一時の東ヨーロッパ一党独裁体制のそれよりもはるかに苛烈な気がします。

中国が社会主義を捨てて(経済的にはとうにそうなっていますが)国づくりをするとき、いったいどのような制度設計をするかということは、おそらく党の中枢ではかなり研究が進んでいるとは思いますが、相当な難問だろうと思います。13億近い人口ですしね。でも、これを真剣に考えておかないと、いずれ来るバブル崩壊のとき、想像もつかない混乱に陥ると思います。

話を戻します。本書はいろいろとホットな中国事情を教えてくれる好著です。うげーっと感じさせられるエグい話も満載ですが、書き方は抑制が効いていて品がいいと思います。そして、一気に読ませてくれます。勉強になりました。

(文藝春秋2011年1500円+税)

| | コメント (0)

2011年3月27日 (日)

郷原信郎『組織の思考が止まるとき 「法令遵守」から「ルールの創造」へ』

法律家が書いたとは思えないほど法律解釈学臭さのない本でした。創造的な組織マネジメントへの提言が光っています。思考が停止しかかっている組織に属している者にとって、実にためになる本でした。

著者のイメージは実にクリアで、実際にわかりやすい図も載っていますが、このタイプの頭脳は新たな制度を作るときに絶大な力を発揮すると思います。先日読んだ小島寛之『数学的思考』も、そもそも著者の薦めで読んだ本でしたが、確かに発想の点で共通する特徴があるように感じました。

もう一人著者と似たタイプの頭の使い方をする人に畑中洋太郎がいると思います。分解して総合する過程で実に効果的に図解を用いる人です。この3人の本は本棚の同じ場所に並べておこうかと思います。

それにつけても、全国の私立大学の状況は、本書の提唱する方向と正反対に向かっているような気がして仕方ありません。しっかり結果も伴っていますし。私学はいずこも同じ秋の夕暮れとはいうものの、数字を見るとそのあまりの正直さにぎょっとします。正しいことは必ずしも結果に結びつかないのに、間違ったことをするとその通りに結果が出てくるからです。

しかしもっと驚くのは、そんな結果を見てもあいかわらず危機意識のない教職員というのが大勢いることです。もうすぐ楽園追放になるってのに、どうしたものでしょうね。

(毎日新聞社2011年1500円+税)

| | コメント (0)

2011年3月25日 (金)

小島寛之『数学的思考の技術 不確実な世界を見通すヒント』

数学的思考というのは数学そのものとは違って、論理と図式と想像力(イメージとパターンの形成力)を駆使して、混沌とした世界に規則性を見いだそうとする思考法のようです。著者は村上春樹の小説をその種の思考法と想像力の発露を見ています。私は村上春樹の最初の2作品くらいしか読んでいないので、そのあたりはわからないのですが、著者の言おうとするところはよくわかりました。

本書には経済学のゲーム理論その他がたくさん出てくるので、特に数学を意識しなかったら経済学の本と思われても不思議ではないくらいです。おお!これは授業の話題に格好の例だなどと思いながら、あっという間に読んでしまいました。

経済学としては、宇野弘文や小野善康が高く評価されています。なるほどそんなことを言っていたのか、と不勉強な私はこれをきっかけに特に小野善康の本は読んでみようと思いました。

本書では環境保護型の経済政策の意義が説かれていましたが、東日本大震災の都市再建も、是非とも魅力的な街となるよう工夫して取り組んでもらいたいものです。ジェーン・ジェイコブスの挙げる魅力的な街の4条件とは、

1.「街路の幅が狭く、曲がっていて、一つ一つのブロックの長さが短いこと」
2.「古い建物と新しい建物が混在すること」
3.「各区域は二つ以上の機能を果たすこと」
4.「人口密度ができるだけ高いこと」

だそうで(158頁)、少年の頃の自分がこんな街に住んでいるとしたらわくわくしてきますね。

(KKベストセラーズ2011年800円+税)

| | コメント (0)

2011年3月23日 (水)

福島香織『中国のマスゴミ—ジャーナリズムの挫折と目覚め』

マスコミかと思ったらマスゴミって、すごいタイトルです。まあ大方はその通りなのですが、単純な中国批判本ではありません(日本もかなりのゴミですから)。

中国のあの苛烈な一党独裁体制の中でも少数ながら気骨のあるジャーナリストたちがいて、本書ではその彼らの粘り強く闘っている姿がしっかりレポートされています。

著者はそうした真のジャーナリストたちに共鳴し、共に闘おうとしています。思い上がったところが全然ないのもすばらしいと思います。元新聞記者で大学の先生をやっていた知人はとんでもなく下品な男で、ほどなくセクハラでクビになりましたが、自分がひとかどの人物だという演技をだけは欠かしたことがありませんでした。著者の書くものからはそうした偉そうなそぶりがまったくうかがわれないのが気に入っています。

中国は相変わらず共産党一党独裁体制で、かつての東欧諸国に近いのですが、そういうところで闘っていると、深く物事を考え、鋭い洞察力を持つようになる人がちらほらと出てくるものです。長平とか李大同とか本当に立派ですね。そういう人びとの言論を紹介してくれると本当に勉強になります。

(扶桑社新書2011年760円+税)


| | コメント (0)

2011年3月22日 (火)

日下公人『いまこそ、日本、繁栄の好機!』

雑誌『WiLL』に2008年頃連載されていた原稿を集めた本です。いい本ですけれど、元が雑誌連載のため枚数制限があるせいか、著者には珍しく凝縮された表現が結構出てくるので、いつものような読みやすさがありません。著者自身、あとがきの中で「一日に1ページずつ読んでくださいね」と述べているくらいです。

しかし、辛口がさえているだけに、いつものように他の人がまず言わないようなことがたくさん書いてあって、勉強になります。どこから聞いてきたのか、小沢一郎がロシアに行って280億ドルで北方領土を買い取ろうとしたために、かえって値段をつり上げられたという話などは妙に説得力があります。

また、2010年に財務省に入る東大法学部卒は本書刊行当時の情報では0人ということで、水面下でわが国のいろいろなところが変化していることもわかります。

152頁には国際常識では債務国が債権国に対して宣戦布告して、勝ったら負債をチャラにできると考えているだけでなく、債権国が持っている財産は戦利品として山分けすることまで考える、とありますが、きっとそうなのでしょうね。現在のリビア情勢をよく見ておきたいと思います。

(WAC2010年895円+税)

| | コメント (0)

2011年3月21日 (月)

木田元『哲学は人生の役に立つのか』

本書にも『闇屋になりそこねた哲学者』や『私の読書遍歴』と同じ自伝的内容が含まれています。でも、またか、というのではなくて、いつも聞くのを楽しみにしているご隠居の昔話という感じかもしれません。

それでも本書では、ハイデガーとアーレントの生涯を通じての不倫の話題とか、哲学者の余話や、資本や技術が元来人間のコントロールを外れる性質を持っていることなどが語られていて新鮮でした。

また、ヘーゲル『精神現象学』の秘伝的な読み方というのも面白かったです。確かにあれは以前から読みながら男女の恋愛関係とかが暗示されているような気がしていたのですが、あながち的外れな読み方でもなかったようです。

著者は稀代の読み手として次のようなことを言っています。

「深く考えるにも、深く感じるにも、それなりの訓練が必要なのです。深く感じることができるようになるためには、深く感じることのできた詩人や作家の作品を読んで、その感じ方に共感し、学びとる必要があります。深く考えることができるようになるためにも、よく考えて書かれた本を、はじめの一行から最後の一行まで丹念に読んで、その思考を追いかけながら学びとる訓練をしなければならないのです」(187−188頁)

同感です。これができていないインテリは一見華々しいときがあっても、いずれ実際息切れしてしまいますもんね。著者は80才にして今なお現役で生産的な仕事をしているのですから、本当にすごいことです。少しでもあやかりたいものです。

(PHP新書2008年740円+税)

| | コメント (0)

2011年3月19日 (土)

木田元『私の読書遍歴―猿飛佐助からハイデガーへ―』

著者の人生と読書遍歴がまとめられています。ほかの本と重なるところも結構ありますが、著者の人生が波乱万丈で何度読んでも面白いです。

読書についても、改めていい本を紹介してもらった感じがします。坂口安吾の「勉強記」という短編や、斉藤茂吉歌集、太宰治の滑稽小説、山田風太郎の明治小説集、メルロ=ポンティ『行動の構造』などはぜひ読んでみるつもりです。

本書ではハイデガーについての著者の正直な気持ちと考えが述べられていて、好感が持てます。とにかくハイデガーの人柄の悪さには辟易しているらしく(知人や同僚をナチスに密告したり、いくら美しかったとはいえ当時18~19歳のハンナ・アーレントと不倫したりと)「知れば知るほど、私はこの人が嫌いになる」と言います(私は特に密告は許せません。こりゃあ人間のクズでしょう)。「しかし、その著作や講義録を読むと、やはりすごいと思う。古典的テキストを読むその鋭利な読み方や、その構想の壮大さに、深く震撼されるのである」(179頁)とも。

ハイデガーの『存在と時間』を読むために猛勉強して大学に進んだ著者ですから、やはりその思い入れにはひとかたならぬところがあるのでしょう。でも、私はハイデガーにはまったく義理がないので、よい読者ではありません。坂田徳男の影響もあって、その思想についてもハイデガーには冷淡なのです。

でも、著者のエッセーは大好きです。今後も読んでいきます。

そうそう、マッハに発し、フッサールやシェーラー経由でメルロ=ポンティに行く系譜には私も感心がありますので、著者の『マッハとニーチェ―世紀転換期思想史』はぜひとも読んでおきたいと思っています。

(岩波現代文庫2010年920円+税)

| | コメント (0)

2011年3月18日 (金)

G・トイプナー編『ルーマン 法と正義のパラドクス』

法を自己生成的なシステムと考えると、「正義」は法の外部にあるようでもあり、内部の動因のようでもあり、その姿は神出鬼没に見えます。パラドクスを強調する人は、実は論理ですべてがうまくいくと思っていた期待を裏切られたという感情を隠しているのかもしれません。

ルーマンは区々たる批評眼には鋭いものがあるのですが、自分の体系を整えるために空想的な概念をひねり出してくると、信者以外の人が見ると「何やってんだか」という気になることがあります。しかし、批判するときは体系的に批判しなければいけないような理屈のコネ方をするのが一筋縄ではいかないところです。

本書はルーマン本人だけではなく、弟子やシンパが書いた原稿が集めてありますが、こうしてみるとやはりボスは面白いことを言っています。このタイプは体質的にはウィトゲンシュタイン的な断章のスタイルをとるといいのに、と思いますが、どうでしょうね。

お弟子さんや仲間の議論は支障のわかりにくさをさらにわかりにくく精密に論じるようなところがあり、これは支障の欠陥だけが継承された見本市として見事です。秘密サークル的な感じになるのももう一息といったところです。

議論の中心的な題材は、父親の持っている11頭のらくだの相続の仕方を3人の兄弟にそれぞれ1/2、1/4、1/6に分けるというもので、らくだを5.5頭とか2.75頭とかに切り裂くわけにもいかないので、裁判官が自分の所有するらくだをすぐに返却するという理由で一頭贈与し、それぞれ6頭、3頭、2頭に分けて丸く収めたという話です。

なかなか刺激的な問題で、各論者がこれについていろいろと解釈していますが、三方一両損なんていう話もあるわが国では、「座布団一枚!」と言いたくなることはあっても、パラドクスとは何かといった話に持ち込もうとは思いません。このしつこさにはさすがに驚かされます。

この点では面白くないこともない本なのですが、やはり研究者以外にはお勧めできないのも事実です。

(ミネルヴァ書房2006年3780円)

| | コメント (0)

2011年3月16日 (水)

篠沢秀夫『フランス三昧』

いい本ですね。フランスの歴史と文化がしっかり書き込まれています。歴史のごちゃごちゃしたところは面倒で覚えきれませんが、言語や文化の特徴については本当に勉強になりました。また、フランス革命からナポレオンが出てくるあたりの歴史が国民国家意識の形成に密接に関わっているということもよくわかりました。

フランス語は人工的な文語的言語だということと、その文語をマスターすることがインテリの条件だということもよくわかりました。美しいフランス語を巡る差別意識が醸成される背景には、8割のフランス人が母語や方言を捨ててあらためてフランス語を学んだという国民的事情があるのでしょうね。

昔ある知人のフランス人の娘さん(当時6〜7才)が、東京のフランス人学校に通っていて、ベルギー人やスイス人の言葉遣いやファッションセンスを思いっきり馬鹿にしていましたが、そうした差別意識の中で実は結構窮屈に生活しているのが、パリのフランス人なのです。

著者は行き詰まった近代国民国家とその文化を解体し活性化するにはフランス人がお国訛り(パトワ)を大いに用い、ケルト的な過去の文化の良さを復活させる必要があると説いています。そして、そのことはそっくりそのまま西洋近代化しすぎた日本人にも当てはまるとも述べています。愛国心についての著書のある著者らしいまとめ方ですが、その言葉は傾聴に値します。

元気のいい文章で、読んでいてこちらも楽しくなります。「クイズダービー」では窺い知れなかった魅力にあふれています。何と言っても西洋の根本をしっかりつかんでいるところがすごいと思います。こんなに立派な人だったんですね。あらためて驚かされました。

(中公新書2002年740円+税)

| | コメント (0)

2011年3月15日 (火)

柳澤桂子『生と死が創るもの』

美しく正確な文章で、しみじみとした味わいのあるエッセー集です。生命という神秘的な現象にあらためて感動させられます。生が死で終わるのは当たり前ですが、アポトーシスなんかの現象は、死が生をかたちづくり、支えているということでもあるのですね。例えば手は、指の間の肉が死んでくれない限り、そのかたちにならないわけです。

著者自身ほぼ寝たきりの状態で何冊も本を出版されています。本当は文章を書くのが好きではなかったと述べていますが、とんでもない名文家です。もちろんそれだけの努力を重ねられて、今の境地を切り開かれたのですが、その点で、著者がわかり易い文章を書くためにいろいろと苦労された話も参考になりました。

他にも印象的な話題もたくさんありましたが、中でも名オペラ歌手のジュゼッペ・ディ・ステファノについて書かれた「天才」には特に興味を覚えました。こういう天才っているんですね。でも、著者が言いたいのは次のようなことです。

「天才は、発見されなければそのまま終わってしまう。どのようなひとにも、そのひとに一番適した仕事があるはずである。それが天才と呼ばれる域に達していようがいまいが、そのひとに一番適した能力を発揮できるときに、そのひとは一番幸せになれるのではなかろうか」(94頁)

また、わが国の脱原発運動の理論的主柱だった高木仁三郎についての章は、たまたま今のような事故が起きているだけに、タイムリーでした。こんな立派な人がいらっしゃったんですね。

それにしても、今回の事故ですが、原発の安全性をあらためて確認できるように何とか頑張ってほしいです。しかし、このままだとスリーマイル島の事故の状況にどんどん近付いているようで不気味です。

(ちくま文庫2010年760円+税)

| | コメント (0)

2011年3月13日 (日)

長谷川晃『公正の法哲学』

学会で井上達夫氏から「なんでそんなにいやらしい考え方するの」と面罵されていた(という噂)話を聞いたことがあって、どんな考えの人なのか興味がありましたが、一生懸命外書を読んで懸命に考えられた法哲学の本でした。

カタカナが多くて、学部の学生たちには読むのがつらいテクストだとは思いますが、私にはどこが「いやらしい」のかはわかりませんでした。もっとも、東大出身の法哲学の人たちは、きつい言い方をするのが流儀のようなところがあるので、その応酬の一つだと考えた方がいいのかもしれません。どうせ噂話だし。著者も東大出身なので、ひょっとしたらプロレスないしは大相撲みたいなものだったのかもしれません。

この点で私なんかむしろ本当に「いやらしい」方に属しているのかと思ったりしています。研究会では「傲慢だ」とは言われてますしね。それはともかく、著者が外国人タレントの援用ではなく、ご自身の言葉できっちりと書かれていると思われるところは、私にもしっくり来ます。とりわけ正義についての理論的立場としては妥当なものだという感じがします。

ただ、結論がちょっと図式的になりすぎて、かえってわかりにくいところが出てきますが、たぶん読む側のこっちの気が短いところに原因がありそうです。それでも、著者が新書で一般読者向けにこの内容を書いてくれたらやはりありがたいと思います。

図書館で借りて読んだので、今度買って手元に置いておきます。(本当は研究費で買ったのですが、研究室を別棟に移動するときに図書館から返却命令が出て、返さざるをえなかったのです。自分で買った本をあらためて借りたのはそのためです。ひどい環境でしょ。ま、商売道具は自分で買えということですね。)

(信山社出版2001年)

| | コメント (0)

2011年3月11日 (金)

マーク・トウェイン『不思議な少年』中野好夫訳

著者のペシミスティックな思想が小説作品の中で元気な生命力礼賛の思想とせめぎ合っている不思議な小説でした。

『人間とは何か』のようなストレートな悲観的思想が、作中の人物造形の中で出てくると、違う感じになってくるのは、さすがに一流の小説家だからでしょう。結末のところには他人の手が加えられたということらしいですが(亀井俊介の手際のいい解説によります)、そうでなくても面白いと思ったところは次のようにサタンが語るところです。

「君たち人間ってのは、どうせ憐れなものじゃあるが、ただ一つだけ、こいつは実に強力な武器をもってるわけだよね。つまり、笑いなんだ。権力、金銭、説得、哀願、迫害ーそういったものにも、巨大な嘘に対して立ち上がり、いくらかずつでも制圧してーそうさ、何世紀も何世紀もかかって、少しずつ弱めていく力は確かにある、だが、たった一吹きで、それらを粉微塵に吹き飛ばしてしまうことのできるのは、この笑いってやつだけだな。」(218頁)

そうこなくっちゃ。さすがです。チェスタトンに通じるところがあります。いずれにしても、印象深い作品でした。

(岩波文庫1999年改版600円+税)

| | コメント (0)

2011年3月10日 (木)

マーク・トウェイン『人間とは何か』中野好夫訳

思いっきり悲観的な人間観が描かれている対話篇です。老人と若者の対話ですが、人間は外部からの働きかけに反応するだけの機械に過ぎない。自分の精神や物質に関する必要を満たすためだけに行動しているのだ、という老人の思想を若者が論駁できないままに話が進んで行きます。

すべては「外部」だという考えは1980年代後半の栗本愼一郎の考えみたいで、個人的には懐かしい気がしました。ハンガリーには19世紀末にピクレルという思想家がいて、同様のことを言っていました。K・ポランニーの先生です。ポランニーは否定的でしたが。

この殺伐とした考えはまず家族にショックを与えたそうで、奥さんが亡くなったあとに匿名の私家版で知人に配布したといういわく付きの本です。そうでしょうね。楽観的で欲望肯定的なアメリカ人社会では受け容れられにくいことでしょう。

それでもすべては神の栄光だという表現が出てきたりして、最後はそれほど毒々しい感じがしないのは、周囲の圧力のせいなのかどうなのか。スウィフトなんかの方が筋金入りのペシミズムだと思います。

しかし、思えば仏教なんてもっと殺伐としたことを言っているようなところもあるので、この種のペシミズムは日本人には一種の免疫ができているかもしれません。そんなんもありかな、と感じる人が結構いるような気がします。日本人畏るべし、かもです。欧米人からするといやでしょうね。

こんなことをあえて言う人は実は善良な市民であるようなところをあえて隠そうとしているのかもしれません。まあ、とにかく結構面白いので、本書とセットになっているらしい『不思議な少年』も読んでみます。

先日の講演会で聴衆の一人からトウェインを是非読んでみてくださいと勧められたのが、今回読んでみたきっかけでした。ありがたいことです。

(岩波文庫1973年410円)

| | コメント (0)

2011年3月 9日 (水)

呉智英『読書家の新技術』

1982年の本で、1987年に文庫化されました。文庫版のあとがきで、読書会・出版界が変わっていないため、字句の改訂程度にとどめている旨が書かれていますが、この状況は今もほとんど変わっていません。したがって、著者の方法と戦略は今も有効である証拠に、本書の内容は全く古くなっていません。

著者の方法というのは、しっかりと基本的文献を読み、正確なデー他を押さえるということに尽きます。この方法は特に、いい気になって適当なことを発言したり、書き飛ばしたりするインテリに対して有効です。論語や聖書、プラトンやアリストテレスなんかを典拠を示しつつ本当にしっかり読んでいる人というのは意外に少ないからです。そのうえ、読んだふりをしている人が多いだけに、先方から勝手にコケてくれるというのが実情です。

著者はその点で軽薄なインテリ才子たちには、ほとんど戦う前から勝ってしまっています。冒頭で谷沢永一と山本七平がダメ出しされていますが、なるほどその通りです。こういうことは大家と称される学者にも結構あって、私もときどき見つけてしまうことがあります。私の場合はこのブログでしか言わないので、何も影響はありませんが。

辞書や本の紹介も面白いし有益です。改訂版が出るならあらためて手元に置いておきたい本です。

(1987年朝日文庫520円+税)

| | コメント (0)

2011年3月 8日 (火)

日下公人『日下公人が読む 2011年〜 日本と世界はこうなる』

いつもながら他人の気がつかないところに気がついて、他人の言わないことをスパッと言ってのける人です。本書でも相変わらず冴えています。出産と育児手当を1000万円くらい出してはどうかとか(94頁)、冗談でも思いつきません。

しかし、思いつきだけでなく、集めてくる数字にも驚かされます。アメリカの2001年の米国愛国者法により2万人のアラブ系市民がいきなり逮捕されて、一年後にその9割が釈放された(110−111頁)とか、19世紀イギリスの海運業での船員の年間死亡率が2割を超えていた(180頁)とか(船員が航海中に死んでくれると雇い主は給料を払わなくてすむから)とか、驚かずにはいられません。

一番「へぇーっ」と思わされたのは、プルトニウム爆弾というのは10年たつ度劣化してしまうので、在庫の半分を捨ててしまおうというのがオバマ大統領の核軍縮のねらいだという指摘です(118頁)。なるほど。オバマが平和主義者なんかでないことはアフガニスタンの状況を見ているとわかるはずなのですが、ナイーブな日本人はころっとだまされてしまいます。

(WAC2010年1238円+税)

| | コメント (0)

2011年3月 7日 (月)

早稲田みか&バルタ・ラースロー『ニューエクスプレス ハンガリー語(CD付)』

新刊です。著者からいただきました。ハンガリー語の入門書として最良の一冊です。以前の「エクスプレス」シリーズもよかったのですが、完全に内容一新です。テキストの分量も多すぎず少なすぎずで、勉強しやすそうです。

早速、岡崎の短大で開いているハンガリー語講座の新しい教科書にするつもりです。このクラスも長く続いていますが、市販の教科書をほとんどやってしまったので、ちょうどよかったです。また新メンバーを募集しましょうか。

ハンガリー語は日本で独習するのはなかなか大変な言語ですが、こうしていい教科書が揃ってきたのは本当にありがたいことです。昔は Learn Hungarian という英語で書かれた本がありましたが、今ひとつでした。今はCDがついている本も多く、ネットでテレビやラジオの番組にもアクセスできます。

これで、ハンガリー語の学習人口が増えてくれたら言うことないのですが、これは語学教材の問題ばかりではありませんね。

(白水社2011年2800円+税)

| | コメント (0)

2011年3月 5日 (土)

渡辺京二『江戸という幻景』

江戸時代についての驚きが詰まった本です。江戸は奥が深い。今まで漠然と抱いていた通念はことごとく吹き飛んでしまいます。著者自身が多くの文献にあたりながら素直に驚いていて、その驚きを読者として共有できる本です。

甲野善紀さんのツイッターで触れられていたエピソードも見つかりましたが、あらためて驚かされます。それによると、「喧嘩で人を殺した者は自分の命も捨てねばならぬというのは人の道の根本であった。でなければ殺し得、殺され損になるからである。人の道は命より重かったのである」(91頁)ということです。

今は人の命は地球より重たくなって久しいので、とりわけ今日のわが国には武士がいなくなってしまいました。エリート官僚からして保身しか考えない小役人根性しか窺われないのが情けないです。

そして、今やこの風潮は一億総官僚化社会となって全国に浸透しています。お役人だけではなくて、民間企業や学校でもそうですもんね(学校なんて元からそうだったのかもしれませんが)。トップが責任だけは取らないという小役人根性が目に余ります。

トップから率先垂範ということで、切腹してもらいたいくらいです。今のイスラム諸国を見倣って、声なき者たちが声を上げていかないとどうにもならないようです。しかし、声なき者がすでにすみずみまで小役人化していて、声が上がらないのも事実です。どうしましょう。

話がずれました。本書は読んでおいて損はありません。名著です。本書を手がかりに江戸時代の代表的な文献をこれから読んでいくつもりです。

(弦書房2004年2400円+税)

| | コメント (0)

2011年3月 3日 (木)

『三浦梅園自然哲学論集』尾形純男・島田虎次編注訳

三浦梅園を真剣に読んだのは初めてです。いやー、素晴らしい。この合理的思考には感銘を受けました。人間はすぐに因習的なものの見方や、先生の見方にとらわれるので、そうではなくて天地を師として物に即して観察し考えなくてはならないと説いています。

それでいて西洋の自然科学万能主義ではなくて、実践に重きを置いた考え方をしているところが面白いと思います。親を持つ人は親孝行になるように儒学を学べば、学派は問わないですし、槍を使うなら素槍でも十文字槍でもとにかく人を突けるようになることが肝要という立場です。

頭でっかちではなくて、文章がリズミカルで思考しながら書いています(特に第1章の書簡)。今日の哲学者でもこの考える文体を獲得している人はあまりいないでしょう。

以前、大分の三浦梅園邸に行きそびれたのは残念でしたが、いつか訪れてみたいです。

(岩波文庫1998年760円+税)

| | コメント (0)

2011年3月 2日 (水)

内田樹『街場の大学論 ウチダ式教育再生』

いろいろと教えられ、うなずかされるところの多い本でした。教育関係者でなくても必読です。

まず、明治期の公教育システムが、それまでの私塾による有為の大人物育成システムを否定し、「小粒の人間」ばかりを育てることを目的として運営され、その点において「もっとも成功した教育システム」(28頁)だった、という評価にうなずかされます。そりゃあもう、政界も官僚たちもみんなそうですから、説得力に満ちています。

また、国立大学法人K島大学の理系の研究者の研究費が年間15万円に満たないという話もびっくりです。どうやって実験なんかできるのでしょう。また、文系がこれより多いとも考えにくいので、これはもう文系も理系もみんな沈思黙考して理論研究だけをするしかないのかもしれません。

国立大学法人の先生たちが大学から、文部科学省の科学研究費のような外部資金の公募に必ず応募するようにと言われる裏には、そういう事情があったんですね。私の奉職先もここ二年の間に研究費が国立大学法人に近づいていますが、確かに学長は科研費に応募しろと言ってましたね。こりゃあもっと減るのが確実のようです。

著者は全国の大学がダウンサイジングをして少ない定員で生き残ることを提唱しています。これは正しい提言です。というのも、

「大学を一度つぶしてしまったら、それと同じ社会的機能を代替するものを作るのにどれくらいコストがかかるか。誰も試算していない。みんな気楽に『大学なんてなくなっても困らない』と言うけれど、それは違うだろうと思う。大学は研究機関であり、教育機関であり、図書館であり、情報施設であり、スポーツ施設であり、緑地でもある。それが消滅することで地域社会の人がどれほどの損失をこうむることになるのか、そういうことは誰も計算していない」(278頁)

からなのです。確かに私の勤め先がつぶれると残念に思ってくれる岡崎市民や名古屋市民は、これまで無料ハンガリー語講座に来てくれた40~50人くらいはいると思います。講演会に来てくれるなじみの聴衆のみなさんももう少しいるので、合計100人くらいでしょうか。あとは通信教育の学生さんたちですが、これはどれくらいかなあ。全国に散らばっていますが。

問題は経営陣が経済合理性だけにとらわれて、数字に表れない教育機関の機能を見ようとしないところにもあります。同窓会を開くとかなりの力になる卒業生たちは、そのあたりを苦々しく思っていますが、気持ちは伝わらないようです。

「同窓生というのは、自分たちが卒業したときと同じ教育理念が掲げられて、自分たちが受けたのと同じような教育内容を、同じ教育方法で、同じ校舎で教えていることを無意識に望むわけです」(307頁)

そうなんですでね。ということなら、建学理念を変えたりしたら同窓生の無意識から復讐されることになるでしょうね。まずいなあ。実は最近変えてしまったのです。当事者にはこれまでの卒業生たちへの裏切りだという意識はなかったんでしょうね。

私もそこまで気が付かなかったなあ。それだけに復讐が怖いです。くわばらくわばら。

(角川文庫2010年629円税別)


| | コメント (0)

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »