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2011年4月30日 (土)

ヴィクトール・E・フランクル『夜と霧』(新版)池田香代子訳

以前霜山訳で読んだときと印象がずいぶん異なります。実際、改訂版の原文からの翻訳だそうです。淡々とした語り口で地獄のような収容所生活が語られます。

今回読んでいて印象的だったのは「カポー」と呼ばれる同じユダヤ人の仲間内のボスたちのことです。要するに彼らは重支配の手先になっているのです。カポーは収容所内の最も下品で残忍な連中から選ばれます。

以前、学生も教職員も家畜のように扱う学校に勤めていたことがありましたが、そこにもカポーたちがいました。どうやらこれは全体主義的支配の常套手段のようです。権力論を書くときには是非ともこの貴重な経験を活かしたいと思っています。

最高権力者からお墨付きをもらっているという事実が、自分たちは何をしても許されるという特権意識を生み出すように見えます。しかし、その意識が組織の上の方に行くにつれてどうなるのかということはまだまだ研究の余地があります。

フェレーロなんかは、独裁者は凡人の思いもよらないような「恐怖」を覚えるものだと、まるで見てきたかのようにこれを描写しています。そうかもしれません。

収容所から出てきた著者は、奥さんも子どももこの世にいないことを後に知ることになります(そのことは本書には出てきません)。本当に地獄を見た人です。しかし、本書の語り口はどこまでも柔らかく、恨みがましいところがありません。すごいことです。

(みすず書房2002年1500円+税)

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2011年4月29日 (金)

岡野雅行『試練は乗り越えろ』

「痛くない注射針」を開発した町工場のスーパー親父、岡野雅行氏の何冊目かの本ですが、本書は他の本と内容が重なっていなくて新鮮でした。いつもの岡野ワールド全開ですが、しっかり新しい情報も盛り込まれています。

中でも、中国ではオートバイがほとんど電動になっていて、1回の充電で40キロメートル走る製品がすでに開発されているという情報は貴重です。電気自動車へのシフトが中国初になることだってあり得ますね。

わが国のマスコミが大企業の意向をおもんばかって(あるいは東電やトヨタのような露骨な圧力を受けて)大本営発表を繰り返していると、客観的な情勢がつかめなくなります。投資家の判断にも影響するのに問題化されないのは、日本が資本主義もどきの国家社会主義だからでしょう。

それにしてもいつも本当に元気な親父さんです。読むたびに励まされます。明日からもがんばるぞって気にさせられます。

(KKロングセラーズ平成22年1300円+税)

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2011年4月28日 (木)

ジョゼ・サラマーゴ『白の闇』[新装版]雨沢泰訳

恐るべき小説です。何度も中断しながらようやく読み終えました。ある時突然人びとが次々に目が見えなくなり、見えなくなった人から順番に隔離施設に入れられますが、そのうち世の中のすべての人が見えなくなります。

隔離施設にも食料が届かなくなり、惨憺たる状況になります。人びとのあらゆる欲求がむき出しになり、ここまで書くかというくらいえげつない情景が繰り広げられます。

細かい点では突込みどころもありますが、予想される悲惨さが徹底的に理詰めに、かつ具体的に書きこまれています。糞便とか屍体とかレイプとか殺人とかここまで書かなくてもと思うのは日本人的な感想かもしれません。これはヨーロッパ人の作家らしい特徴なのかも。

本小説は映画化もされていますが、確かにそれぞれのプロットは映画に向いています。ただ、このまま映画化されているのだとしたら、あまり観たくないですね。

昔、食虫植物が目の見えなくなった人たちを襲うというSF映画がありましたが、そんな感じでしょうか。テーマとしては同じノーベル賞受賞作家ゴールディングの『蝿の王』の世界に近いところもあるのかも知れません。実は『蝿の王』はいつかは読もうと思って長らくそのままですが、この際読んでみましょうか。

本書はきょうびには珍しく英訳からの重訳です。ポルトガル語ということでいい翻訳家がえられないのかもしれませんが、訳文としては読みやすいので、まあ、読者としてはどうでもいいことです。

(NHK出版2008年1800円+税)

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2011年4月27日 (水)

小室直樹『日本の敗因―歴史は勝つために学ぶ』

大東亜戦争の敗因を分析することは、日本社会の宿痾の自覚につながります。本書は社会学的視点で日本軍の生体と修正を分析していて見事です。たとえばABCD包囲網はオランダのところだけ突破しておけば十分だったというのはなるほどそのとおりだったかもしれません。日本の強さも弱さも徹底的に検証されています。

で、結局のところ軍事官僚エリートがいつの間にか戦争の目的を見失い、組織の存続だけをはかるようになるというのが今日の官僚にも見事に受け継がれていることがよくわかります。

官僚だけではなくて、国民の多くが官民一体の庇護を求め続けて土建業国家複合体を形作ってきたために、官僚的発送が国民の隅々にまで浸透してしまっています。

お役所は言うまでもなく、会社も行政からの天下りを受け入れることで、幹部から下々に至るまで官僚化していきます。潰れる寸前のダメ企業なんか旧日本軍の迷走ぶりと軌を一にしているように見えます。

そういうところにはミニ辻政信やミニ南雲忠一がいっぱいいるんです。組織的DNAもそのまま受け継いでいるとしか思えないくらいです。開戦通知を遅れさせたアメリカの日本大使館の井口貞夫3時間と奥村勝蔵書記官なんかもうじゃうじゃいます。

こうしたエリートがお咎めなしというのも、ダメ会社の幹部が致命的なミスをしてもお咎めなしどころか出世してしまうのと本当によく似ています。

兵士を大事にしないという点でも、オリンピック選手団の役員がビジネスクラスで、選手がエコノミークラスに乗るというあたりにしっかり受け継がれています。

この空気を変えるのは大変なことです。でも、変えないと会社も国も滅んでしまいます。今日本全体が正念場にいるのでしょうね。

(講談社+α文庫2001年880円)

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2011年4月24日 (日)

『「食い逃げされてもバイトは雇うな」なんて大間違い 禁じられた数字〈下〉』

タイトルにもあるとおり、上巻の内容を否定するような感じですが、否定することで物事の両面をとらえるという高度な仕掛けになっています。

というのも、著者は「あらゆる経済活動は、会計と非会計のバランスをとりながら動いている」(228頁)とみていて、会計だけでは世界の半分しか語れないと考えているからです。

公認会計士だったら、会計を知っていれば経営は万全ですなんて営業しそうな気がしますが、そうじゃないところが面白いところです。

それでは著者がどうすれば経済、経営活動をうまくやっていくことができると考えているのかというと、「妙手を打て」(196頁)と言います。妙手とは会計と非会計の両方を一挙に解決させる第3の道のことで、とりあえず「あれか、これか」という考えをやめて解決に至る3〜4つの具体的ケースが解説されています。さすがにそれはここでは書けませんが、なるほど妙案だと思われるものが載っています。

著者は予算計画に縛られないKPI基準(重要業績達成指標)を推奨しつつ、ビジネスの世界では計画進行からの脱却が進んでいることも紹介してくれています。いわゆる脱予算経営のことですが、確かに環境の変化に対応できなければいくら大企業でも恐竜のように滅んでしまいますからね。

そのほか行動経済学の知識もちりばめられていて、かなりの勉強家ですし、小説仕立ての箇所も効果的です。元々小説『女子大生会計士の事件簿』でデビューした著者ですから、このあたりの読者サービス精神はお見事としか言いようがありません。

相変わらず古い経営・会計手法にこだわるしか能のない企業トップに是非とも読んでもらいたい本です。

(光文社新書2008年700円+税)


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2011年4月22日 (金)

ピーター・フランクル『美しくて面白い日本語』

いつも明るく積極的な努力家の著者が日本語の魅力について語った本です。12カ国語を話すという語学の達人ですが、その多くの外国語を当該の国ではなくて外国で勉強したというのがすごいところです。

日本にいて英語の達人レベルになるというようなことを、たくさんの外国語について実行してきたわけですから、これはもう並大抵の努力では不可能です。

その著者にとって、日本語は一番難しくて魅力的な言葉なのだそうです。確かにいろんな文化的要素が混ざってできていますから、奥が深いという点では相当なものがあるのでしょう。

実際、ことわざと四字熟語にそれぞれ1章ずつ割いていますが「ついた餅より心持ち」とか「駑馬十駕」とか、本書で初めて教えられた魅力的な表現もたくさんありました。勉強になります。

でも、一番感心させられたのは、著者の超プラス思考です。すべてを明るく楽しいものにして努力する姿勢が本当に素晴らしいと思います。見倣わなくては。

それから、ハンガリーでユダヤ人が市民権を得たのがちょうど日本の明治維新の頃で、当時のユダヤ人たちには名字がなかったので、自分たちで公用語のドイツ語を使ってわかりやすい名字をつけたという話も印象に残りました(111頁)。

(宝島社2002年1143円+税)

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2011年4月20日 (水)

大前研一『ドットコム仕事術』

大前流の仕事の仕方が惜しげもなく開陳されています。これくらいアイデアに満ちた人はいないんじゃないでしょうか。目の付け所の良さとそれを支える真摯な努力の姿勢が素晴らしいと思います。

著者は学生時代に集中して英語をマスターし、通訳ガイドとしてお金を稼ぎ、大学院では義務でもないのに英語で修士論文を書いて、それをアメリカに送って奨学金を得て留学したりと、常に前を向いて先を読んで行動しています。

英語の勉強法もなるほどこれなら効果的だろうなと思われるものです。とにかく自分の頭に浮かんだことを、片っ端から英語にしてみるというもので、そういえばそんな教材もありますね。ただ、やはり継続するのは大変だと思いますよ。やはり、英語を使って何をするかということがはっきりしていたのがよかったのでしょうね。

本書の後半ではビジネスのヒントがたくさん得られます。私も現在大学でいろいろと企画しているところなので、本当に参考になります。遠隔学習型MBAプログラムは今では著者の開いた大学でも用いられていますが、従来の4分の1の経費ですむという、一種の価格破壊モデルだったんですね。

今月末に著者の新刊が出るのが待ち遠しいです。

(小学館2003年1,300円+税)

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2011年4月19日 (火)

養老孟司『こまった人』

『バカの壁』が売れすぎてこまった人になってしまった著者ですが、『バカの壁』は編集者がまとめたその腕前が売れ線に乗ったというわけで、著者が自分で書いた文章はもっと毒があり、破壊的です。

本書なんか結構毒をまき散らしていて、読者を失うのではないかと心配になりますが、失ったくらいでちょうどいいのかもしれません。著者のコアな読者は著者の論理が飛躍するところに快感を得るくらいの論理的でなおかつ感性の鋭い人なのだと思いますから。

著者の指摘でへぇーっと思ったのは、鎌倉の鶴岡八幡宮が戦の神様だということで、そこにお参りしても軍国主義者とはみなされないというくだりです。なるほど言われてみればそうですね。

また、ケセン語訳聖書の存在も初めて教えられました。気仙沼のケセンです。ぜひ読まなくては。

それから「本当の自分だとか、個性を持ったこの私だとか、自分探しとか、若い人達が変なことをいうようになったのは、むろん年寄りのせいであろう。年寄りだって、どこかそう思っているに違いないのである。だからいくつになっても、同じことをやっているのであろう」(157頁)という指摘は新鮮でした。関心があればその先を読んでみてください。なるほどこういう見方があるのかと虚を疲れました。著者の面目躍如です。

(中公文庫2009年571円+税)

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2011年4月15日 (金)

大道珠貴『しょっぱいドライブ』

元タレントで中近東だかアフリカだかに一人で出かけて良いレポートを書いた女性がいたと思いますが、ぼんやりした記憶のまま間違えて買ったのがこの本でした。全然違う日本流湿潤系純文学での芥川賞受賞小説でした。

芥川賞を取るには文章が達者で、独特の文体を持っていることと、審査員の知らない世界を教えてくれること、そして、教養があってもストレートにそれを出さないという三点が重要で、このうち少なくとも二点を欠いていたがために島田雅彦は六回も落選したという話がありますが、気がついたら選考委員になっていたのは、まずはめでたいことでしょう。

本書はこの三点をすべて満たしていて、女性の内面を探るという審査員のおじさんたちのスケベ心までをも満たしてくれます。主人公の女性の奇妙な恋愛対象になっているのが老人だったりおじさんだったりすると、余計そんな強みが光ります。審査員の知らない世界と言えば言えますが、この後芥川賞がもっと若い女性の風俗小説っぽくなったのは、応募者が本書を読んだためではないかと勘ぐってしまいます。

そう、ある意味で誰でも書けそうな気にさせられる本なのです。もちろん気にさせられるだけで、本当に書くことができるのは一握りの才能のある人だけですが、小説でも書いてみるかという若者を勇気づける役割を果たした本だと言うことができそうです。

個人的には結構ベッドシーンが書かれているので、文学におけるこれを毛嫌いする私としては、苦手な部類に入る小説でした。でも、喜ぶ人もいるんだろうなあ、とも思っちゃいます。

現在、本書と平行して読んでいるサラマーゴの本を読むのに難渋していますが、これはテーマが深刻なのと、描写がホラーよりも生々しいためです。こんな際だった構成力と表現力に比べると、芥川賞というのはあくまで新人賞の一つに過ぎないんだなあと実感します。

かったるい小説ですが、文章は上手で、女性の内面をあーでもないこーでもないと描写したりすると、結局伝統的私小説世界が展開します。ま、これはこれでいいんですけどね。ときにはもっとスカッとした小説を読みたくなります。次に読む本は慎重に選ぶつもりです。

(文春文庫2006年400円+税)

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2011年4月14日 (木)

島田洋七『佐賀のがばいばあちゃん』

話題になっていたころ読みそびれていたベストセラーです。いやー、面白かった。洋七の漫才の味わいと同じですが、笑わせられるだけでなく、ジーンときます。

それにしてもすごいおばあちゃんですね。知恵とユーモアと愛情のかたまりのような人です。このおばあちゃんに鍛えられてあのスピード感豊かな疾走する漫才のスタイルが生まれたんですね。わかるような気がします。

貧しい家庭は昭和30年代まではまだかなりありましたが、その中でもこのおばあちゃんの家はとことん貧しいほうの部類に入ると思います。しかし、これだけたくましく明るく生きていけるのですから、本当に大したものだと思います。

これから貧しくなるかもしれない日本人全体に生き方のヒントを与えてくれる本かもしれません。

続編も手に入れて読むつもりです。

(徳間文庫2004年514円+税)

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2011年4月13日 (水)

戸部良一他『失敗の本質—日本軍の組織論的研究』

日本人の組織的弱点の見本市のような本です。日本軍だけでなく、官僚や企業、大学など日本人によるどんな組織にでも当てはまります。今回の東電も政府もまさしくそのまんまです。戦力を逐次投入して被害を拡大再生産させるなんて、ほとんど当時の戦略をコピーしているかのようです。

大本営のエリートは現場に出る努力をしなかったとありますが、この伝統は官僚がしっかり受け継いでいますし、官僚とつきあう大企業も次第にこの文化に染まっていきます。だって、こっちの方がラクですもんね。

はっきりした戦力目的を立てず、内部の隠微な派閥抗争に明け暮れ、現場からの声を黙殺し続けているとみんな顔つきが役人風になってくるのです。伝染病ですよ、これは。そして、今ではわが国のいたるところにこの病が蔓延しているのです。

だからどんな組織でも弁舌爽やかなポーズをとるのだけがうまい無能な臆病者が「ういやつじゃ」なんて思われて出世してしまいます。気取るのだけは一人前ですが、それをとったら何も残らないので、本人としては必死の演技なのです。

本書では山本五十六が結果として以下に凡将であったかということがわかるように書かれています。これは本当にその通りだったと思います。まだ結構神話が残っているので、著者たちも言うのに勇気がいったことでしょう。

ま、とにかくいろいろと身につまされる本です。「戦術の失敗は先頭で補うことはできず、戦略の失敗は戦術で補うことはできない」(291頁)って、至言でしょう。経営者は真剣に読んでほしいですし、一般社員にとっても「うちの会社は大丈夫だろうか」と点検するのに役立つ本です。

やばいことからは目をそらしたくなりますが、勇気を持たなくちゃですね。と自分に言い聞かせているところです。

(中公文庫1991年762円+税)

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2011年4月12日 (火)

山田真哉『食い逃げされてもバイトは雇うな 禁じられた数字〈上〉』

数字が苦手な人にもわかる「数字が得意になる方法」。数字であって数学ではありません。また計算がうまくなるといった「数字に強くなる」のでもありません。数字が持つ意味に敏感になることを言っています。

要するに数字も言語の一種で、象徴的意味を持ったり、心理的効果を与えたりするもので、そう心得て数字というものをあらためて眺めてみると、なるほど腑に落ちることが多いのでした。

たとえば、数字を絞って決めつけることで説得力を持たせたり(「若者はなぜ3年でやめるのか」というタイトル)、常識となっている数字をわざと破ってインパクトを与えたり(「24時間100キロマラソン」)、ざっくりと切りのいい数字を用いてわかりやすさを出したり(「大江戸八百八町」)といったものです。

こうした知恵を動員することで「消費税5%還元セール」をうたう大手のお店に、2%しか還元できないお店が「お客さんの50人に1人に代金を全額返還」という形で対抗するといったアイデアを提唱しています。

こんな話だけなら商売人はみんな考えていそうですが、会計士が本職の著者は、決算書を見るだけで「いずれ潰れそうな会社」を見分ける方法を披露してくれます。これは役に立ちます。

要するに売上高利益率の推移を見るわけですが、今のところ自分の会社のそれを見てみる勇気がなくて困っています。

(光文社新書2007年700円+税)

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2011年4月 8日 (金)

清水義範『やっとかめ探偵団と鬼の栖』

これも面白かったです。ただ、名古屋弁はふつうに感じるようになってしまったので、当たり前に読んでしまう自分がいてぎょっとします。

それとは別に、設定の巧みさと登場人物のリアリティーが印象的な推理小説です。テレビドラマ化しやすいのも道理です。二時間ドラマくらいでうまくまとまりそうです。テレビでは主人公のおばあさんを山田昌がやってましたが、実は彼女は岐阜出身で、名古屋弁ネイティブの視聴者の評判は良くありませんでした。

ご当地ならではの地名や名所旧跡が出てくるので(名古屋の中川区とか香嵐渓とか日間賀島なんて、このあたりではめっちゃポピュラーですもんね)、ちょっと不思議な感じです。地元を題材にした連続テレビドラマを見ているみたいです。

そういえば岡崎では「純情きらり」が収録されて3年くらいは観光客が増加したそうです。一般に3年は効果が持続するのだとか。しかし、九州あたりから岡崎市の味噌蔵を見に来るなんて人が本当にあるのだから驚きます。テレビの力は偉大です。

(光文社文庫2005年533円+税)

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2011年4月 7日 (木)

清水義範『やっとかめ探偵団とゴミ袋の死体』

一時期著者の本で文庫になったものはすべて読んでいたのですが、最近ご無沙汰していました。「やっとかめ探偵団」シリーズも久しぶりですが、相変わらず楽しませてくれます。

「やっとかめ」って名古屋の後期高齢者でも最近はあまり使わない表現ですが、「おひさしぶり」という意味です。名古屋のおばあちゃん探偵団が活躍するシリーズで、バリバリの名古屋弁の会話が炸裂します。名古屋で仕事をする前にこのシリーズは読んでいたのですが、ある程度名古屋弁に馴染んでから読むと、また格別の味わいがあります。

推理小説なので、中身に立ち入ることはしませんが、個性的なおばあちゃんたちがそれぞれにリアリティがあります。この人物造形は見事です。またこのシリーズの最近作を探して読んでみようと思います。

(祥伝社文庫平成12年381円+税)

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2011年4月 5日 (火)

『日本の名著20 三浦梅園』山田慶児責任編集 

三浦梅園は江戸時代に自分の頭で徹底的に考えた思想家です。これができる人は実は当時も今もほとんどいません。誰かのあるいは何かの権威にすがって他を睥睨するのに忙しく、考えることがおろそかになっている知識人なら星の数ほどいます。

私自身、そんな人間にだけはなるまいと思っていますが、では梅園のようになれるかといえば、それもまた至難の業です。でも、そうありたいとは思っています。

梅園の考える姿勢は西洋の知識人ではフランシス・ベーコンが一番近い気がします。自然現象に取り組む姿勢には共通するところが多いと感じました。特に考え方や物の見方の習慣ないしは癖=習気(じっき)という考え方は、ベーコンの言う「イドラ」とよく似ています。

ただ、本書は自然科学についての文章が中心で、哲学的な記述は解説の方にまとめられています。その点では岩波文庫の『自然哲学論集』の方がいいかもしれません。

梅園の時代はすでに地動説が紹介されていましたが、梅園は天動説にこだわっています。この点では独自に地動説や進化論を唱えた山片蟠桃の本も読んでみようと思います。

(中央公論社1982年)

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2011年4月 1日 (金)

エマニュエル・レヴィナス『困難な自由 — ユダヤ教についての試論』

読むのに難儀しますが、刺激的な本です。旧約・新約聖書はそれなりに読んでいても、タルムードは読んだことがないので、タルムードの立場から読まれた聖書の姿は新鮮でした。

レヴィナスの思想=タルムードというわけではないかもしれませんが、現場の今ここにいる人の存在を最大限尊重する思想はすばらしいと思います。これをすると論理を犠牲にすることもしばしばだと思いますが、事実、論理は突然次元を超えてみたり、反対のことをあえて言ってみたりするように見えるところがあります。「それでいいのだ」と、まるでバカボンのパパみたいな論理もあります。

これはレヴィナスを批判しているのではなくて、赤塚不二夫が天才なのだということで理解してください。レヴィナスはむちゃくちゃ変なことを言っているようでも、その中に何パーセントかの真実があると、そこから異次元へとワープして、その真理を肯定してしまうという技を持っています。

それが果たしてタルムード的なのかどうかはわかりませんが、旧約聖書の救いようのない残虐な記述などを解釈すると、そして、ユダヤ人として有史以来の差別と迫害を受け続けてくると、言葉そのままに受けとるようなナイーブなことはしなくなる(または、できなくなる)のかもしれません。

特に印象的だったのは、約束の地を征服したときのカナン人の殲滅について、レヴィナスが「『聖書』の理解しがたい章句のうちでもとりわけ理解に難い場所である」(205頁)と述べているところです。この残虐さには当然強く憤激するとも述べています。そして、

「驚くべきことは、他ならぬ責務と制裁を伴ったこの苛烈な道徳に親しんで形成されたがゆえに、ユダヤ的意識はそこから血に対する絶対的嫌悪を学んだ、ということである。その一方、非暴力を説いた教えは二千年かけても、世界がその自然な趨勢として暴力に向かってゆくことを阻止することができなかった。『旧約聖書』の峻厳な律法は、温良な学派であることを説いてはいるが、柔弱の教義を説いてはいない。問題はその成功によって律法を正当化することではない。そうではなくて、峻烈なる神と自由な人間たちが打ち立てる人間的秩序は、悪しき人間のための「無限の善性」より良きものであるということが、霊性の本質におそらくはかなっているということなのだ。「律法」の原理を維持している神だけが、その峻烈さをたわめ、口伝律法を通じて、「聖なるテクスト」の必然的厳格さを超出することができるのである」(205−206頁)

ちょっと長いのですが、こんな感じの論法です。へー、そう来るのって感じですね。議論の弱点をいつのまにか強みに変えてしまっています。デカルト的明晰性のみを頼りとする議論にはありえないような展開でしょう。

これは大勢の人に対してではなく、個別の人に向けてじっくりと説得するタイプの論理です。タルムードというのは師弟関係の連鎖の中でこうした解釈技法を秘伝のように守り育ててきたのかもしれません。

翻訳者の内田樹さんは、こういう論法をよく用いますが、翻訳を通じて、あるいはレヴィナスご本人から直接学ばれたのではないかと思います。私も内田さんのファンですので、この思想と論理の用い方からはできるだけ多くのものを吸収したいと思います。

(国文社2008年4000円+税)


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