« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »

2011年5月30日 (月)

磯田道史『日本人の叡智』

この春まで朝日新聞の土曜版に連載されていた記事をまとめた本です。いつも楽しみにしていたのに、最近見かけないなと思っていたら、連載の方は終わって、代わりに本になって出てくれました。ありがたい。これまで気に入ったものは切り抜いていたのですが、こうして本になるとその手間が省けます。

それにしても、著者は丹念に先人の言葉を拾い集めてまとめてくれています。著者が「書庫のなかでみた日本人の叡智は想像を絶するものであった」(10頁)というだけのことはあります。ただただ驚きながらページをめくりました。読み終えるのが惜しい本でしたが、今後も座右に置いて何度でも眺める本になりそうです。

本書に集められた言葉は必ずしもすべてが偉人として名の通った人のものではなく、歴史の中に埋もれかかった知られざる人びとのものも多数収録されています。それぞれの短い記事の中に、無名の畏るべき賢者のしばしば波瀾万丈の生涯や挿話が適宜組み入れられていて、感動的です。またときにはぎょっとさせられたりします。東條英機の狭量さと残酷さを示すエピソードなど、本当に腹立たしくなります。

本書に取り上げられるのは昔の人だけではなく、現代では数学者の岡潔や経営者の土光敏夫まで含みます。著者の関心が広く、また深いことがわかります。

ところで、その土光敏夫の言う「期待される社員像」は「①頭脳を酷使する人②先をみて仕事のできる人③システムで仕事のできる人④仕事のスピードを重んずる人⑤仕事と生活を両立できる人。要すれば変化に挑戦しうる人」だそうです。なるほどその通りでしょうけれど、これを裏返すと典型的な官僚や大学教員(あるいは官僚化した大学教員)になってしまうなあと思いながら読んでしまいました。

いろいろと味わい深い本です。

(新潮選書2011年720円税別)

| | コメント (0)

2011年5月28日 (土)

片桐はいり『わたしのマトカ』

映画『かもめ食堂』の緑さん役で出ていた著者のフィンランド旅日記。マトカはフィンランド語で旅を意味する言葉だそうです。『かもめ食堂』はオールフィンランドロケの日本映画でしたので、著者は3ヶ月間フィンランドに滞在していたわけです。めっちゃ面白かったです。

日垣隆が「おもしろい本は、おもしろく書かれている本のことではない。おもしろく生きている人が書いたものだ」と新刊『電子書籍を日本一・・・』で書いていましたが、著者はほんとうにおもしろく生きている人だと感心しながら読みました。

あとがきで著者は「大学の卒論で規定枚数ぎりぎりの論文を書いたきり、十枚以上の原稿なんて書いたこともない。書きたいと思ったこともない」と述べていますが、どうしてどうして。目の付け所がユニークで、言いたいことをうまく言ってしまえる表現力があり、それが生きのいいリズムを刻んでいきます。見事な文章です。

坂田明や山下洋輔のようなミュージシャンの文章と通じるものを感じます。おもしろく生きている点で共通しているのでしょう。

フィンランドののんびりした空気に馴染んでしまって、東京に帰ってきても何事にものんびりと鷹揚に構えるようになった著者のスタンスはその後どうなったのでしょう。もうすっかり東京の慌ただしさに合わせられるようになったでしょうか。女神のような穏やかな気持になった著者のその後も知りたくなります。続編のエッセーを探さなくちゃ。

(幻冬舎文庫平成22年457円+税)

| | コメント (0)

2011年5月27日 (金)

渡部昇一『知的余生の方法』

80歳を過ぎても現役で書き続けられるのはすごいことですが、さすがにかつての『知的生活の方法』も「余生」の方法になってきました。ご本人としては95歳まで生きて、自分の生死に全くこだわりがなくなる境地に達したいとのことですが、十分可能な気がします。

例によって著者らしくいろんな有益な知識が惜しげもなく披露されています。細部にへぇー、と思わされることがたくさん書かれています。イルカが浜に打ち上げられると自分の体重のために呼吸ができなくなって死んでしまうとか、ルソーの言う「自然に還れ」の自然とは「貴族の宮廷」程度の自然だったとかです。

人生も秋にさしかかると物事がよく見えるようになるというのは、なるほどそうかもしれないと、秋に差し掛かった自分自身のことを顧みてもそう思います。ただ、現代の日本人の年齢は7掛けくらいでちょうどいいそうですので、そう思うとまだ自分は30代なので、まだまだ成熟の余地がありそうです。楽しみということにしておきましょう。

以前の『知的生活の方法』が出たのが1976年ということですから、私が同書を読んだ1977年はまだ著者も若かったのですね。この本もそれなりに売れると思いますが、こんなに息の長い書き手はそう多くないと思います。それだけでも大したものです。普段から自己鍛錬を欠かさない人だからでしょうね。見習わなければ。

(新潮新書2010年720円+税)

| | コメント (0)

2011年5月25日 (水)

木田元『なにもかも小林秀雄に教わった』

著者の木田元が小林秀雄を導き手にしながら文学や哲学を読んできたとは知りませんでした。でも、そういわれてみればそんな気がします。いつもの半生記がちょっと角度を変えて書かれていて、これもまた名人の話みたいで好きです。

ハイデガーと小林秀雄というのもなるほどつながりが直接あるわけではないにしても、やはり地球上で同じ空気を呼吸していたわけで、通底するものはあります。それはおそらく考える人としてのセンスの良さなのでしょう。

ただ、ハイデガー嫌いの私としては、小林秀雄の方がハイデガーより根本的なことをしっかりわかっていた人のように思えます。かつて山本七平は小林秀雄の聖書理解の深さに驚いていましたが、それは当然ハイデガーの聖書理解(結構表面的です)よりも鋭かったのでしょうし、その点が両者を分けるものだったのだろうと創造します。

別に日本人の小林秀雄がドイツ人のハイデガーよりも聖書理解が深くても不思議ではありません。ヨーロッパ人の方が大リーガー級だと思うのは勝手ですが、事実として乗り越えている人がいることが見えなくなるのは残念なことです。

これは著者のことではありません。日本の不特定多数の権威主義者たちのことを言っているのです。著者は小林秀雄を「近代日本の生んだ偉大な思索者の一人であると認めざるをえないし、こんな師匠に導かれて本を読み始めることができたのは本当に幸運だったと思う」(241頁)と述べています。蓋し至言です。

(文春新書2008年750円+税)

| | コメント (0)

2011年5月24日 (火)

日垣隆『電子書籍を日本一売ってみたけれど、やっぱり紙の本が好き。』

並外れた情報収集力と仕事量で時代の先端を走る著者の新刊です。疾走感がたまりません。

本書は電子書籍の作り方と売り方、読書端末の比較検討、CDブックや電子辞典など、現代最先端の読書事情と執筆事情がいろんな話題に寄り道しながら語られます。へぇーっという話もたくさん載っています。

話のスリリングな脱線具合は、あくまで著者の読者への旺盛なサービス精神の発露で、それはほとんど芸の域に達しています。近年の芸能ネタも真相がしっかり語られていますし、TBSラジオの人気番組だったサイエンストーク打ち切りのとんでもない真相も明らかになります。

著者は「おもしろい本は、おもしろく書かれている本のことではない。おもしろく生きている人が書いたものだ」(258頁)と言います。そのとおりだと思います。そして何より著者がそれを実践しているところが素敵です。読んでいるこちらも元気が出てきました。

(講談社2011年1300円税別)

| | コメント (0)

2011年5月23日 (月)

群ようこ『モモヨ、まだ九十歳』

90歳を過ぎても元気いっぱいの祖母のおはなし。元気の源は好奇心と歯に衣着せぬ言動でしょうか。スーパーおばあちゃんの仰天エピソードとその生い立ちがうまく構成されています。

文庫版あとがきで92歳になっても95歳になっても元気なご様子が報告されていますが、実際いくつまで生きられたんでしょう。

群れ家の男たちも変な発明に凝ってみたりして、それなりの変人のように見えますが、解説の関川夏央が書いているように、「愛すべき、かわいい男たち」に見えます。

こういう面白くて愛情たっぷりな一族の中から著者のような個性が生まれてくるのか、と感心します。どういう感心なのかはうまく言えませんが、あたたかくていい感じです。

どうやら現実の著者の姿は結構モモヨさんの血を引いているようなので、今後もたくさん面白い本を書いてくれるだろうと思うと楽しみです。

(ちくま文庫1995年450円)

| | コメント (0)

2011年5月20日 (金)

養老孟司『かけがえのないもの』

著者の言いたいことが詰まっている本でした。語り口は穏やかで一見平易ですが、論理は時折ポーンと飛んだりして、それがまた面白かったりするので、コアなファンにはたまらないと思います。でも、『バカの壁』から入ると戸惑う読者も少なくないと思います。

でもこの内容は本当は過激で万人向けではありません。予測のつかない自然を受け入れて、自然の声に耳を傾けて人生を楽しんでみましょうというのは、わかりますが、実際に自分でやるのはかなり難しいはずです。

こういうことを言っている思想家で思い当たるのは、フランスのアランです。アランは西洋人には珍しく、わけのわからないものを静かに受け容れることのできる思想家でしたが、著者の感覚は近いものがあると思います。

そもそも、日本人には本来しっくり来る考えですから、理性中心の哲学者・思想家たちはなじまないのですが、今日では理性を無くしてしまっても困るので、バランスが問われます。この点で、著者はそのあたりの事情を脳に着目しながら考えてきたわけです。

でも、この考えを掘り下げていくと、もはや脳ですらないところに到達しそうです。そのあたりが本当は難解なところなのですが、話は「わけのわかんないものとどうつきあうのか」というところに落ち着きます。そのため池田晶子のように「考える」ということが存在とは別に存在しているというような面白い話には向かいませんが、示唆を受けることはたくさんあります。

著者が甲野善紀や内田樹さんと相性がいいのも、この唯脳論的身体論のスタンスが共通しているからなのだと、あらためて気づかされました。

(新潮文庫平成21年400円税別)

| | コメント (0)

2011年5月18日 (水)

内田魯庵『魯庵日記』

魯庵の文章は淡々としていますが、言いたいことを絶妙のリズムで伝える名文だと思います。保書は明治27年から44年までの世相や人びとの暮らしぶりの貴重な記録でもあります。

また、歴史上の人物も登場して、へぇー、あの人にしてこの振るまいかと感心したり驚いたりするところもあります。特に明治33年以降の日記は一日分の記述が長くなり、読み応えがあります。

人物評も独特で、当代やあるいは江戸時代のお金持ちのいろいろを論じる中で、お金持ちにも品のいいのと悪いのがいて、その生き方に感服したりするのもいるかと思うと、どうもこれはあまり美しい生き方ではないなというのもあって、全部実名で出てくるので、歴史的価値があるように思いました。

中でも諸戸清六や乞喰月僊が酷評されているのはちょっと意外でした。特に月僊は意外でしたが、金のためならなんでもするという感じがしたら、その後の人生でいくら寄付なんかしてもダメという著者の姿勢が一貫していて、いっそ爽やかでした。

明治も終わりに近づくと、官僚制の弊害が随所に出始めていて、そのあたりも著者は鋭い見方をしています。

「今の官僚輩は本と幕府を倒して取って代わって天下に号令する任にあたったゆえ、恰も政府を持って戦争の戦利品の如く心得、之を以て私有の世襲財産となさんとしておる。此故に人民に参政権を与えながら較やもすれば人民を以て自家の世襲財産をうかがう盗賊なるかの如く敵視する。しかのみならず、自家と政府とを混同する故、己ら官僚輩のみが特に天皇の中心であるかの如く妄想して、官僚にあきたらざる態度を示すものは直ちに天皇に忠ならざるかの如く誣ゆる」(222-223頁)

今も似たようなものです。とりわけ、階級的特権意識と人びとに対する差別意識は変わっていません。この点、民間に天下ってきた人間を観察していると本当に勉強になります。

(講談社学芸文庫1998年1200円+税)

| | コメント (0)

2011年5月14日 (土)

竹内薫『99.9%は仮説―思い込みで判断しないための考え方』

科学でもふだんの生活でも突き詰めるとすべてが仮説で動いていると断言する刺激的な本です。でも、そのとおりですね。みんな頭をあえて固くすることで人生を乗り切ろうとしているようにさえ見えてきます。

著者はそうした思い込みから自由になる秘訣を、世の中で最も確実と思われがちな科学の歴史を題材にとりながら、分かりやすく語ってくれます。

著者は科学哲学としてはポパーやファイヤアーベントの議論を踏まえていて、ある意味で健全な常識の立場から科学を冷静に見ることができる人だということがわかります。思想的にはとりわけファイアアーベントの過激さに近いところがありますが、著者のソフトな語り口のため、決して毒づいた感じになりません。

科学はこの前提が崩されたら成り立たないねと言いながら、とりあえず提出する仮説だということです。この点、わが国ではむしろ文科系の学者のほうが素朴に科学の客観性を信じ込んでいて、科学主義(科学万能主義)に陥る人が少なくないのですが、これって日本だけの現象だと聞いたことがあります。

最近では役に立つ学問を志向するあまり、法哲学なんかでもなんとか実務の役に立つようにと頑張っちゃう学者もいますが、実務家からは影でボロクソ言われていることを、教授先生だったりすると、知らぬは本人ばかりなりということになったりします。そんな先生には私ごときが言っても聞いてもらえませんが、実務家の話を今度は外タレを崇めるように奉ったりすることになります。戦略を間違えているというか、根本的な勘違いなのですが。

本書ではそうした話が通じないという、いわゆる共約不可能性についても触れていて、勉強になります。そうです。お互いに仮説に基づいているのだから、なかなか話が通じないわけです。

科学史上のエピソードも驚いたり、感心させられたりするものが集めてあり楽しく読めます。巻末の読書案内も色々と興味深い本が紹介されていて、読書欲がそそられます。

今後、著者の他の本も(ミステリーも含めて)読んでみようと思います。

(光文社新書2006年700円+税)

| | コメント (0)

2011年5月13日 (金)

群ようこ『なたぎり三人女』

これも傑作でした。かつて著者は年をとったら仲のよい数人の女友達と暮らして、お互いに老後の面倒を見合うのがいいかも、とエッセーで書いていました。本書はそれに近い40代の三人娘が、お笑いトリオのような感じのノリで読者を楽しませてくれます。

3人で集まってファミコンにはまって徹夜を重ねてへろへろになったり、海外旅行に行ったり、指輪を買いに行ったりする中で独特のボケとツッコミが繰り広げられます。

思うに、これは女三人組だからいいので、男だったらさまにならない気がします。なぜでしょう。もっとも、考えて答えが出たからといっても、男3人が楽しくなるわけではなさそうですね。4人だったら麻雀というのはありますが、男の場合の仲良しは、たとえば小林秀雄と今日出海のような二人組が思い浮かびます。

ジェンダー論では仲良しグループの研究というのはテーマにならないでしょうか。と書いてみて気がつきましたが、社会学では研究テーマになってもおかしくないですね。社会学者のはしくれとして自分でやってみましょうか。

(幻冬舎文庫平成14年495円+税)

| | コメント (0)

2011年5月12日 (木)

米長邦雄『不運のすすめ』

著者は将棋という実力の伯仲する激烈な勝負の世界を生きていた人だけに、言うことに重みがあります。その人間観察力は並大抵のものではありません。

読んでいて、どうやら勝負に勝つということは演奏家が名演奏をするときのような境地に近いものがあるのかもしれない、という気がしました。

演奏家もまた普段から徹底して自己鍛錬を重ねておいて、本番では自分を客観視できる冷静な心持ちを保ちながら、余計なことを考えずに演技に集中することができなければなりません。この一見矛盾した境地に自らを置くことができるとき、はじめて女神が微笑んでくれるのでしょう。

実にストイックな世界だと思いますが、思えば勝負事に見えなくても人生でそういった局面はたくさんあります。何をするにも鍛錬していなければ始まらないということがわかります。

著者の師匠やかつての名人、さらに最近の若い天才棋士たちのエピソードにもいろいろ教えられるところがあります。

私自身こんなすごい勝負の世界にいるわけではありませんが、それでも勝負と無縁ではありません。変な奴に大きな顔をされたくないですし。

その意味でも改めて身の引き締まる思いがします。がんばろっと。

(角川ONEテーマ21、2006年686円税別)

| | コメント (0)

2011年5月11日 (水)

群ようこ『働く女』

10人の様々な働く女性が出てきます。どの人もめっちゃリアリティーがあります。どうやって取材したのか調べたのか気になるくらい、本当にいそうな登場人物たちです。おそらく著者は想像力だけでなく、かなり多くの人を観察し、話を聞いて回ったのではないかと思います。

登場する女性たちはみな懸命に生きています。しかし、一生懸命だからといってうまくいくとは限りませんし、幸せになるとも限りません。そのあたりがうまく行ったり行かなかったりという悲喜劇が人生そのものなのでしょう。

でも、登場人物たちの奮闘ぶりはそこはかとなく勇気を与えてくれます。「元気をもらう」という流行の言い回しはあまり好きではありませんが、本書にはそんな元気を与えてくれる力があるようです。自分もがんばろうという気になります。

(集英社文庫2002年438円+税)

| | コメント (0)

2011年5月10日 (火)

群ようこ『人生勉強』

いつもながら抜群の人間観察力と抜群の描写力が光ります。一応私小説ということになっていますが、エッセーにフィクションが加わっているのでしょうか。

それにしてもいろんな困った人たちが出てくるもので、厚かましい中年のおばさんなんてのは、悪意も隠さないので怖いくらいです。印象的なのは、友人がつかまえてくれたタクシーに猛然とダッシュして、友人が著者たちに向って数歩進んだところで隙を見て乗り込んでしまう中年女性二人組でした。

知人から預かった、やたらと人間化してしまった猫の話も傑作でした。でもやはり最後には猫は猫なのです。著者が昔飼っていた猫のトラの話も少し出てきて、なつかしかったです。本棚を探してもその本が見当たらないので、また古書店で仕入れておきましょう。

著者の文章は絶対といっていいほど難しい看護や外来語が出てこなくて、言い回しも気取ったところが全くありませんが、勢いがあって切れ味抜群です。何とか著者にあやかって、私も切れ味のいい文章を書きたいものです。どうやら文章そのものを真似てもはじまらないようです。おそらく著者独特の好奇心に満ちたものの見方にカギがあるのでしょう。


(幻冬舎文庫平成10年495円+税)

| | コメント (0)

藤原正彦『数学者の休憩時間』

著者は常に国家を背負って立ち、気合いで生きている、一昔前の日本男児の鏡のような人です。何もそこまで気合いを入れなくても、と思うシーンもありますが、あらためて見倣わなければと思わされるところの多い本です。

古風な日本男児で、『国家の品格』がベストセラーになったりしたので、保守系論壇人のスタンスを思い浮かべがちですが、著者の政治的スタンスは決して保守ではなくてリベラルです。自由をとことん愛し、追求します。摩擦も起きますが腕っ節の強さと迫力で乗り切ります。このあたりは誰にでも見習えるところではなさそうです。

本書ではとりわけ著者のお父さんの新田次郎が旅したポルトガルを、その影を確認しながら訪ねて回る旅行記「父の旅 私の旅」の章が感動的でした。冒頭の奥さんの出産に立ち会うラマーズ法の実践記録とともに心に残ります。

もちろん、途中の短いエッセーもいいですけど。本書の最初と最後にある長いエッセーはちょっと様子が違い、ただならぬ気合いが感じられます。武士の魂を持った人で、同時に深い愛情にあふれた人でもあります。

数学者に必要なのは深い情緒だという主張も、ご本人がそもそもそういう人だということを差し引いても、十分納得できます。ただし、一流の数学者に限っての話のような気もします。数学者でなくても情緒を欠いた三流学者なら世の中にあふれていますから。

(新潮文庫平成5年476円税別)

| | コメント (0)

2011年5月 6日 (金)

群ようこ『かもめ食堂』

普通の感覚を持った普通の人びとが集まってきて、気がついたら面白い話の展開をそれぞれ受け持ってしまっているという不思議な小説です。のほほんとしたふんいきばかりではなく、ちゃんとアクションシーンもあり、ちょっとどきどきします。で、読後感がよくて、ほんわかとした気にさせられます。

その普通の人が集まってくるのがどういうわけか北欧フィンランドの首都ヘルシンキです。そこで一人でレストランを経営する日本人女性が主人公の一人ですが、38才という年齢にもかかわらず、現地では当初子どもに見られます。女の子が一人で働いている不思議なレストランということで人びとから奇異な目で見られているところに、40代の日本人女性が転がり込んで働き出し、ガッチャマン大好きのフィンランド人大学生の常連客やら、後にあらためて50代日本人女性が転がり込んできたりで、お話は徐々に動き始めます。

みんなそれぞれのどこにでもありそうな問題を抱えていて、それなりにワケありなのですが、等身大の健全な常識を持ち合わせたキャラクターたちです。このあたりは著者の他の小説にも出てきそうな感じですが、フィンランドってまた著者はどういうところから思いついたのでしょうね。

登場人物たちは全くの偶然からフィンランドに集まってきますが、中には目をつぶって地球儀を回して指さした国に行こうと決めてフィンランドにあたったなんて人も出てきます。

フィンランドというのは、私はトランジットで空港を通過しただけの国ですが、本や映像から得られたイメージや、知り合った限りのフィンランド人の印象そのままという感じがしました。著者はかの地を訪れた経験があるのかもしれません。地味ながらしっかりとしたリアリティを感じます。それとも筆の力でしょうか。どちらでもいいことですが。

著者の文章は難しいところがまったくなくて、かつ言いたいことはしっかり言ってしまう切れ味をそなえていて、爽快感があります。この文体を念頭に置いて論文を書くとリズムがいい上にわかりやすくなりそうです。

かつては著者の本は文庫本が出ている限り読んでいましたが、このところさぼり気味でした。また追ってぼちぼち読むようにします。

(幻冬舎文庫平成20年457円+税)

| | コメント (0)

2011年5月 2日 (月)

川上弘美『真鶴』

純文学の素みたいな小説です。源氏物語以来の生き霊や死霊が関わってくるお話の伝統が生きているようです。世阿弥のような、あるいはむしろ禅竹のような、ポストモダンのような不思議な味わいの文学です。

人間の曰く言い難い闇の部分をすくい取るところは、あの裏源氏ともいうべき秋本松代の『七人みさき』とも共鳴しているように感じました。こちらの方がずっと読みやすいですが。

思えばこういう作品は久しく読んでいませんでしたが、ここまで力のある作家がそもそもあまりいないということでもあります。文章も独特で美しいと思います。

本書は「きっこの日記」で絶賛されていたので読んでみたのですが、なるほど確かにいい作品でした。他の作品もこれから読んでみます。

(文春文庫2009年514円+税)

| | コメント (0)

« 2011年4月 | トップページ | 2011年6月 »