内田魯庵『魯庵日記』
魯庵の文章は淡々としていますが、言いたいことを絶妙のリズムで伝える名文だと思います。保書は明治27年から44年までの世相や人びとの暮らしぶりの貴重な記録でもあります。
また、歴史上の人物も登場して、へぇー、あの人にしてこの振るまいかと感心したり驚いたりするところもあります。特に明治33年以降の日記は一日分の記述が長くなり、読み応えがあります。
人物評も独特で、当代やあるいは江戸時代のお金持ちのいろいろを論じる中で、お金持ちにも品のいいのと悪いのがいて、その生き方に感服したりするのもいるかと思うと、どうもこれはあまり美しい生き方ではないなというのもあって、全部実名で出てくるので、歴史的価値があるように思いました。
中でも諸戸清六や乞喰月僊が酷評されているのはちょっと意外でした。特に月僊は意外でしたが、金のためならなんでもするという感じがしたら、その後の人生でいくら寄付なんかしてもダメという著者の姿勢が一貫していて、いっそ爽やかでした。
明治も終わりに近づくと、官僚制の弊害が随所に出始めていて、そのあたりも著者は鋭い見方をしています。
「今の官僚輩は本と幕府を倒して取って代わって天下に号令する任にあたったゆえ、恰も政府を持って戦争の戦利品の如く心得、之を以て私有の世襲財産となさんとしておる。此故に人民に参政権を与えながら較やもすれば人民を以て自家の世襲財産をうかがう盗賊なるかの如く敵視する。しかのみならず、自家と政府とを混同する故、己ら官僚輩のみが特に天皇の中心であるかの如く妄想して、官僚にあきたらざる態度を示すものは直ちに天皇に忠ならざるかの如く誣ゆる」(222-223頁)
今も似たようなものです。とりわけ、階級的特権意識と人びとに対する差別意識は変わっていません。この点、民間に天下ってきた人間を観察していると本当に勉強になります。
(講談社学芸文庫1998年1200円+税)
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