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2011年6月30日 (木)

木田元『現代の哲学』

最初に出版されたのが1969年で、その後1991年に文庫化されています。文庫でも今年まで着実に版を重ねていて、順調な売れ行きを示しています。息が長いのはそれだけ内容が秀でているからです。

現代哲学のメインストリームがうまく勘所を押さえながら書かれていますので、今まで適当に読み散らかしていた哲学者たちがまとめてとらえることができるだけでなく、著者独自の読み方が今でも新鮮です。マルクスとルカーチの評価は個人的には特に新鮮でした。

ただ、本来の原稿が総花的な現代哲学の解説を意図していないため、英米分析哲学やプラグマティズムは触れられていません。あとがきで補足の意味でシェーラーやマッハのことが少し触れられていましたが、著者の他の本には詳述されていたりもしますので、ま、いっかという気もします。むしろ、かえって教科書的なものを書こうとしていなかったのが良かったのかもしれません。

それはそうと、あらためて図書館にあるシェーラー全集を借りて読んでみる気になってきました。

(講談社学術文庫1991年880円+税)

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2011年6月28日 (火)

岩田靖夫『いま哲学とは何か』

先人の哲学を振り返りながら平和の哲学を探る意欲的な本です。ソクラテス、プラトン、アリストテレスにはじまり、レヴィナスやロールズまできっちりとした読解が示されているところはさすがです。哲学を読み解く力は同時代の講壇哲学者のレベルをはるかに凌駕しています。

著者の読解はユニークでかつ説得的です。決して教科書的な人ではありません。たとえば、レヴィナスについてはこんなことを言っています。

「レヴィナス哲学はあまりに難解なので、それについて書く者は自己流の理解を示すほかはない」(208頁)

この開き直りぶりが実はレヴィナス本人の思考の波長と合っていることを著者はよく知っているのでしょう。たいしたものだと思います。

ただ、最終章で復讐の連鎖を断ち切り、戦争を放棄するということにかんして、著者が日本国憲法9条を称揚するところには違和感があります。あんなアメリカに作ってもらったつぎはぎだらけの条文のかわりに、同趣旨であっても著者ご自身で戦争放棄の哲学に基づいた表現を紡ぎ出してほしかったと思います。

結果的に岩波書店の傾向にマッチした本になっているのはいいとしても、最後のところでご自身で考えることをもっと推し進めてもらっていたら、その立場はともかく、敬服に値する哲学者的態度だったんですが。

まあ、ご本人はおそらくとてもいい人なんだろうと思います。いい人過ぎて私のような悪人というか罪人は、金輪際友だちにだけはなれない気がします。

(岩波新書2008年700円+税)

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2011年6月26日 (日)

大前研一『お金の流れが変わった! 新興国が動かす世界経済の新ルール』

つねに世界の景気のいい国々に流れ込もうとしている「ホームレス・マネー」を以下に呼び込んで経済を発展させるかということが具体的提言とともに説かれている本です。勉強になります。

実際このところ目覚しい経済発展を遂げているBRICs諸国をはじめ、人口一人当たりのGDPでわが国を抜き去ったシンガポールも、みんな自国の資本で発展を遂げたわけではありません。

4000兆円といわれるホームレス・マネーは日本の官僚や裁判官のように、ことさらに妨害しない限り、国境を軽々と越えていってしまうので、国内だけで考えるマクロ経済政策はほとんど無効になってしまっているのです。

こうした事情をよく観察し、論理的思考を積み上げて、なおかつ直感でジャンプすると著者のようなユニークでかつ説得力のあるものの見方ができるようになるのでしょう。

たとえば、日本航空は資産内容のいいJR東日本に買ってもらい、陸と空とを機能的に融合させる(162頁)とか、日本の鉄道会社のビジネスモデルを世界で売る(173頁)といった具体的提言はきわめて有効だと思われます。こうした提言を真剣に受け容れて実行してくれる企業が出てくるといいのですが、集団IQの低下した臆病な経営者たちにはそんな勇気がこれっぽっちもなさそうな気がします。

しかしそれはそれとして、もはや今日では、著者が憂慮するように、日本国債が暴落して国民の預貯金1400兆円が消えてしまうという最悪の事態(デフォルト、預金封鎖、ハイパーインフレあるいはそれらの組み合わせ)に至らないことを祈るばかりです。

(PHP新書2011年724円税別)

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2011年6月25日 (土)

大前研一『新版「知の衰退」からいかに脱出するか?』

いまさらながら、へぇー、と感心させられる話として、日本人は死ぬとき一人当たり3500万円の貯金を残して死んでいくことや、日本の就農者の平均年齢が65歳を超えていること、あるいは、かつてわが国の首相が、国民を怒らせてはまずいという著者の進言に「大前さん、わが国は愚民政策を施しているから大丈夫だよ」(284頁)と答えたことなどがあります。

本書では日本人の集団IQの低さとそこからの脱出についての具体的な方策が述べられていますが、国民がこれだけ内向きで無気力になっていると、どうしようもないのではないかという気がしてきます。

そして、何より国家が愚民政策を採り続けてきた見事な成果が如実に現れていることがわかります。各個人が目覚めて自衛するしかないようです。しかし、財テクに関しては私自身頭がまるっきり働かないので、正直うまくやれる気がしません。どうしましょうね。

それはそうと、新版の増補部分でも、尖閣や北方領土問題での前原外務大臣の拙劣な動きがわかります。がっかりする時事ネタは増えていますが、日本人のメンタリティーは情緒的なまま一向に変化していないようです。

著者の具体的提言はどれも魅力的で効果的だと思いますが、われわれの保守的メンタリティーが変わらなければどうしようもない気がして、臍を噛む思いです。もちろんこれは誰よりも著者が一番感じていることだと思いますが。

(光文社知恵の森文庫2011年838円+税)

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2011年6月22日 (水)

大前研一『大前研一 洞察力の原点 プロフェッショナルに贈る言葉』

Twitterの「大前研一bot」が評判がいいので、そこでのフォロワーの反応を勘案しながら作られた本だそうです。これはいいアイデアですね。編集者は大変でしょうけれど。

でもまあ、こうやって一冊にまとまった本というのは、それとして実に重宝します。紙の本というのはやはり手にとってみるということと、一覧性があることが強みです。「座右の書」というのは電子書籍では考えにくいところがあります。辞典類と一緒に手近なところに置いて、何気なしにページをめくるというのが一種の快楽なのです。

そういえば、詩集なんかもそうやって手元においてますもんね。私にとって折にふれて読み返したい詩人に田村隆一と荒川洋治がいますが(生前にお会いしたことのある玉川鵬心さんの詩集もそうです)、電子書籍の詩集というのはやっぱりしっくり来ません。

さて、本書で印象に残った箇所ですが、こんなのがありました。

「私が長年やっているのは、何かを考えるとき、大きな紙に手書きでメモをとっていくことである。そのとき、紙の左下から書いていく。左目を主に使うことになるから、右脳が刺激される。しかも常に、右上に白いスペースが広がっている。それを眺めると突然ひらめくことが多い」(95頁)

今度やってみます。

今身近な日常の出来事をきっかけに社会学的問題を考えるという本を構想中です。これはいいかもしれません。

あと、こういうのもありました。

「経営コンサルタントを37年やってきた私が痛切に感じるのは、もっとも重要なリーダーの役目は、まず「方向」を決めること、次が「程度(スピード)」を決めることだ」(164頁)

まったくそのとおりですが、そうじゃない企業は少なくないと思います。お役所なんかは当然この反対のベクトルですが、公的な補助金を貰って官僚化している産業界も同様の病に侵されています。農業なんかとことんダメになってしまいました。平均就業年令がついに65歳を超えています。補助金もらうためだけにほそぼそとやっている状態です。

もちろん話は農業だけにとどまりません。学校商売なんかも典型です。しかし、政府の補助金目当てに目の色を変えるというのは何とも情けない話です。先生に威厳がなくなるのも道理です。

みんなもっと自立しなくちゃです。そして、その点でも著者から学べることはたくさんあります。

(日経BP社2011年1500円+税)

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2011年6月21日 (火)

大前研一『日本復興計画』

著者は今回の原発事故についての読みが識者のなかでも一番正確でしたが、本書は今年のあの3月11日以降の発言をまとめた本です。この間ずっとフォローしていたので、初めて読む話はありませんでしたが、こうしてまとめて読んでみると、あらためて原発事故についての著者の見通しが正確だったことがわかります。

さすがに原子炉の元設計者だっただけのことはありますが、単なる技術者にとどまらず、復興への総合的見通しを立てることができるのが、これまたすごいところです。優れた経営センスをもっているところが素敵です。

その著者をして「これで原子力の時代は終わった」と言わしめているのですから、やはりそうかと思ってしまいます。ちなみにこれはわが国の話です。フランスなんかはまだ原子力とその技術でこれからしこたまもうけようとしているでしょう。最近のニュースでは、あのアルバ社が汚染水の処理に1トン2億円をふっかけて、総額40兆円をせしめようとしているくらいですから。

それはそうと、経営というのは私企業のそれに留まらず、役人や政治家をひっくるめた行政・政治活動に要求される能力ですが、これがある人が実は少ないので困っているのです(というのは余談です。私の奉職先の大学経営の話です)。

これまであまり著者の本を読んでこなかったのは損失でした。今後は集中してフォローしていきたいと思います。

(文藝春秋2011年1143円+税)

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2011年6月20日 (月)

ひろゆき『2ちゃんねるはなぜ潰れないのか?』

抜群に頭のいい著者ですね。自分の置かれている立場もきっちり把握していて、かつ適切なビジネス戦略を立てられる人です。それでいて決してがつがつしていないところがすごい。

本書を読むと本書刊行当時すでにWeb2.0が何でもないということと、事実2011年現在何でもなかったことがわかります。本書中の対談者の一人、佐々木俊尚の間抜けさが引き立ちます。

2ちゃんねるをめぐる訴訟にも欠席しっぱなしで負け続けの著者ですが、民事訴訟でお金を支払わなくてもそれ以上何ともならないということを承知しているので、これって結局勝っているのではという気がしてきます。

実際著者はそうしたわが国の方のあり方をしっかり見抜いているので、そうした戦略をとることができるのですが、その透徹した見方はいろいろと参考になります。ここまでわかって腹をくくっている人は少ないでしょう。やくざでもこうはいかないと思います。

ホリエモンやWinnyの開発者金子勇が違法だというのはおかしいと著者は言いますが、その通りです。前者は今日モヒカン刈りのスタイルで収監されましたが、著者はどういう感想を持ったでしょうね。

今後の発言に注目していきたいと思います。

(扶桑社新書2007年740円+税)

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2011年6月19日 (日)

群ようこ『それ行け! トシコさん』

ありそうもないけれどありそうな話で、結果として主人公と同じような境遇にいる人も少なくないような気がします。登場人物はみんな身勝手でいながら、あるいはそれゆえに貧乏くじを引いてしまっていて、それでもとにかく仕方ないからがんばっているという人びとです。

主人公のトシコさんは6人兄弟の末っ子と結婚したものの、上の5人の兄弟が次々と亡くなり、寝たきりの舅と意地悪な姑と同居しなくてはいけなくなります。舅の介護と姑のハマってしまった新興宗教のアルミ鍋を叩くお祈りの騒音に悩まされながら、トシコさんはぐれそうな娘との緊張状態の中をけなげに生き抜いています。

というわけで、他人事だから笑えるよね、という悲惨な話がこれでもかと繰り広げられますが、物語は最後にちょっとずつ事態が好転の兆しを見せはじめるところで終わります。このままだったら救いがないのも確かですが、なかなかいい読後感です。

(角川文庫平成19年476円)

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2011年6月18日 (土)

橋本治『愛の矢車草』

ちょっと、あるいはかなりヘンな愛のかたちを描いた短編集。橋本ワールド全開です。でも、愛はコミュニケーションの形の一つだと思えば、下着泥棒や同性愛者や一児の父になってしまった小学生の話もOKです。

それぞれのキャラクターの思考や台詞が綿密に書き込まれていて、それぞれにせつないリアリティーを感じさせられるのは、もちろん作者の才能のなせる技です。

それで、作者の他にこういう小説が書ける人はいるだろうかと考えてみると、いないのです。実は天才作家。自分をそう見せるように演出していないので、気がつかれていないだけのことです。文芸評論や時事評論を読んでみると、思想家としても抜きんでていることがわかりますが、小説家としてのこの独特の才能はもうちょっと正当に評価されるべきではないかと愚考します。

(新潮文庫昭和62年360円)

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2011年6月17日 (金)

森博嗣『臨機応答・変問自在』

著者が国立N大学工学部の助教授時代だったころ(現在は作家専業)、学生からの質問とその応答をまとめた本です。学生たちの面白い質問に対する答えが、もっと気が利いていて面白いという、そういう本です。

印象に残った応答をいくつか挙げておきます。

Q:新しい考えを思いつくにはどうしたらいいですか?
A:真剣になってひたすら考えること。必ず何か思いつくでしょう。思いつかないのは、考えていないから。これはどうやったら五十m先へ行けますか? という質問と同じです(109頁)。

ダメ会社の経営陣にも読ませたい。社員から広く意見を募集とかしているうちにどんどん左前になります。流行歌の作曲家は毎日五十曲以上つくると言いますが、有能な経営者は常に二桁のアイデアを思いついては即座に実行、ダメならすぐに撤退という感じでやってるはずです。アイデアもスピードもないなら企業としての取り柄はありません。官僚じゃないんだから。

Q:成功するために必要なもののうち、九十九%は努力で、残り一%は才能だといいますが、先生は才能というものが存在すると思いますか?
A:思います。努力できることが才能。だから、成功は百%才能だと思う。才能は持って生まれたものではなく、思い立ったときに、あるいは、やる気があるときに生まれるもので、いつでも消える。自分自身をどれだけコントロールできるのかが才能です(111頁)

そうなんですよね。

Q:先生は面白い人だと思いますが、人の性格、個性は遺伝によるものなのか、どちらが大きく影響するでしょうか。
A:子供のときの性格は遺伝。大人になったら、自分の頭脳が性格を作る。考えているとおりになります(41頁)。

観察は鋭く、深いと思います。組織では出世していくに従って性格が加速度的に悪くなる人をよく見かけます。たぶん才能に加えて相当よこしまなことを考えているんでしょうね。

Q:森先生の研究で何か画期的なものはありますか?
A:ある。

こういう素っ気なさが好きです。日垣隆のツイッターの応答にも似たところがあります。素っ気ないようで愛情深いところが感じられます。近年大学はお辞めになりましたが、学生たちにも強い印象を与える先生だったのでしょう。質問からもそれはうかがえます。大学にとっては大いなる損失ですが、ご本人にとってはもちろんよかったと思います。

(集英社新書2001年680円+税)

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2011年6月15日 (水)

橋本治=文・さべあのま=絵『花物語』

橋本治が日本文学の伝統の正当な継承者だということにあらためて気付かされる本です。作品世界にさべあのまのイラストが実によくマッチしていて、絵本というには字が多いですが、絵とのコラボレーションという意味でも成功しています。

自然の情景や風物、人生の節目の行事などが四季の流れを感じさせるように上手く構成されていて、14の短編が4月に始まり3月に終わるように出来ています。何気ない話でも絵とともに心に残るようになっています。巻末対談にもありますが、著者がイラストにさべあのまを指定した時点でもう全体のイメージは出来ていたようです。

このイラストがもしも西原理恵子だったらこの話はありえないでしょう。でも、そんな本もあったら読んでみたいです。『パーマネント野ばら』なんか実によかったですもん。

登場人物にはおそらく全て作家のキャラクターの一部が入っていると思いますが、とくに最初の短編「サクラ草」は橋本治少年そのものって感じです。この短編に限りませんが登場事物が自然と交信するところが日本文学の伝統と強くリンクしている感じがします。

(ポプラ社2009年680円+税)

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2011年6月14日 (火)

養老孟司『いちばん大事なことー養老教授の環境論』

子どもの頃から筋金入りの虫好きだった著者は、虫の背後にある自然についてもしっかり観察し、考えていたことがわかります。自然の多様性が確保されているところでは虫がたくさん捕れるからです。

逆に、虫が世界中で捕れなくなってきているということは、人間が自然をコントロールし、あるいはむしろ滅ぼしてきたことの証です。人間は合理的で予見可能性の高い安全な社会を追究してきたので、当然自然に敵対的な行動をとります。

さて、今日では人類は自然を飼い慣らすことに成功したように見えますが、そうは問屋が卸さないことは、天変地異の度ごとに思い知らされます。先だっての地震や津波については言うまでもありませんが、実はほかならぬ人間自身の身体がすでに自然なのでした。

本書では日本人が古くから自然に「手入れ」をほどこして、たとえば里山のような多様な自然環境を保全してきたことに注目しています。手入れこそは自然と対話をする上での知恵が身につく行動の代表格です。

山林を原生林に近い状態にして放っておくと広葉樹林になりますが、広葉樹林は日照を遮るので下草が生えなくなるというのは言われてみるまで気がつきませんでした。下草が生えた山林というのは人の手が入っていて初めて可能になるものだったのですね。

いろいろと貴重な情報もたくさん入っていますが、最後に自然の手入れを学ぶために都会から田舎へとローテーションで人口の4分の1ずつ参勤交代をしてはどうかとの提案がなされています。なるほど、これをもしやるとなると、日本人の総合力は格段にアップすることだろうと思います。

今まで私が読んだ著者の本の中でも本書はベスト3にはいると思います。『唯脳論』はまだ読んでいませんが、いずれ読まなきゃ。

(集英社新書2003年660円+税)

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2011年6月12日 (日)

荘司雅彦『最小の努力で結果を出す超合格法』

中学受験、高校受験、大学受験、TOEIC、司法試験等あらゆる試験に共通する受験マニュアルです。これから何か試験を受けようと思っている人は一度目を通しておかれるといいと思います。

すべての試験に共通するというと抽象的な話になるかと思われるかもしれませんが、内容は効果的な勉強の仕方、時間の使い方、受験対策、また個々の学習補助グッズの紹介といったきわめて具体的なものになっています。文章も明快でわかりやすいので、読んでイメージがわかないというようなことはありません。

過去問重視と基礎力強化、試験当日までに学力を飛躍的に伸ばすこと(学力逓増の法則)とかについては、言われてみるとなるほどという感じです。キンドルの評価も今後買おうと思っているので、参考になりました。英語学習グッズとしても結構使えそうです。

最近は勝ち組とか何とかいって結果にうるさいご時世ですので、ともかく試験には受かって結果出してほしいというのが、著者の言いたいことで、実際に大学や司法試験に短期間の勉強で受かってきた著者ならではの工夫や発想が光っています。

前著の『最短で結果の出る超勉強法』にも何か有益なことが書いてありそうなので、是非読んでみようと思います。

(ダイヤモンド社2010年1300円+税)

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2011年6月11日 (土)

柳澤桂子『われわれはなぜ死ぬのか 死の生命科学』

専門的知識が手加減なしに書かれているところはありますが、「死とは何か」という問題に生命科学の立場から真摯に取り組まれた本です。生物のさまざまな死のあり方も驚きに満ちているとともに、そのことからいろいろと考えさせられます。女王蜂が子供を産めなくなったら牡蜂に殺されるとは知りませんでした。また、無性生殖でいつまでも生きている植物の話や、アトポーシスについての話も印象的です。

著者は言います。「生命の歴史の中では、生と死はおなじ価値をもつ。生きている細胞より、死んだ細胞の数の方がずっと多いという意味において、それは死の歴史であるともいえる。三六億年の生命の歴史のなかに編み込まれた死を避けることはできないし、それは避けてはならないものである。死によってこそ生は存在するのであり、死を否定することは生をも否定することになる」(218頁)

そして、人間の死については「意識のなかの死であり、心理的な死である。死は私自身の問題であり、親しいものに悲しみをあたえる。それは三六億年の歴史とは無関係な感情であり、むしろ静的なものである」(218-219頁)と言います。

生命のこの二つの側面、つまり、生物学的な側面と心理学的な側面を十分に配慮しなければ、人間は限りなく傲慢になるでしょう。そして、死すべき運命にあり、死を恐れることを知ってしまった人間だからこそ「お互いに心を通わせ合い、深く相手を思いやることが生の証のように思えるのである」(同頁)

こういう大きな視点に立てるところが立派です。著者自身、過酷な闘病体験からも多くのものをえられたのではないかと(直接書かれてはいませんが)想像されます。日垣隆の電子書籍に著者のインタビューがありますので、読んでみてください。

心を込めて丹精を尽くして書かれた本です。いい表現がたくさんあって、気に入った箇所を何度も読み返してしまう本です。

(ちくま文庫2010年760円+税)

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2011年6月 9日 (木)

朱川湊人『都市伝説セピア』

ノスタルジック・ホラーの名手と言われるだけのことはあります。昭和30年代の懐かしさと、怖い話がうまく融け合っています。映画『三丁目の夕日』が流行るくらいですから、このころの雰囲気は昭和30年代を経験していなかい人たちにの目には歴史小説のような時代背景として映っているのかもしれません。

で、もちろん、この時代を経験した人たちにとっては懐かしさがこみ上げてきます。著者は1963年生まれですから、小学校低学年ころの思い出がよく登場しますが、あの高度経済成長の時代にどんどん取り残されて、リアリティーを失っていったものの一つが幽霊や妖怪、あるいは恐怖譚だったような気がします。

それはときどき思い出したように都市伝説として蘇りながら、現実の残虐な事件は変わらず生じていても、お話としてはそのつながりはなくなっていきました。

そのエアポケットを埋めるように存在し、輝きを放っているのが著者の一連の小説のような気がします。怖いけれども、読み出すとやめられなくなりますし、物語の展開を助ける仕掛けだけでなく、思わずじーんとくる場面もしっかり用意されています。

本書は著者のデビュー作ですが、お見事としか言いようがありません。「フクロウ男」なんかその構成にびっくりさせられました。

(文春文庫2006年505円+税)

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2011年6月 8日 (水)

岡野雅行『俺の感性が羅針盤だ! 人生の答案用紙にナビはない』

著者の本はどれを読んでもだいたい同じようなことが書いてあるのですが、それにもかかわらず何度読んでも面白いです。本書はインタビューを構成したもので、構成担当の橋本裕之氏の力量も優れているのだろうと思います。

同じ話を何度読んでも飽きないのは、まるで落語家の噺のようですが、そんな雰囲気が出るように、全体がうまく組み立てられています。

印象に残った言葉は以下のとおりです。

「社長だ、経営者だって言ってても、肝心なときに『責任は俺が取る』とはっきり言えないリーダーが多いんだよ。どっかに逃げ道をつくったり、部下におっ被せようとしたりね。失敗したときの保身を考えてか、すべて自分の決断にするんじゃなくて、何となくぼやかすんだよ。あれは最低だね」(107頁)

「モノづくりは何もできないで、カネ勘定だけが経営だと思ってるやつが多いんじゃないか。そういうやつは見込みがないね。社長の頭の中がおカネとコストのことばっかりになっている会社は危ういよ」(179頁)

全国の社長さんたちしっかりしてください。実際にはこんな会社が少なくないですが。自らの引き起こした重大な問題に「責任は感じるけど、取る気はない」と公言する人もいるくらいですから。もちろん危うい会社の話です。それから、

「人づきあいの一番のポイントは、まず『スキを見せる』ってことだ。・・・スキは愛嬌なんだよ。相手は気楽に入ってきてくれて、『しょうがねぇな』って言いながら何かしてやりたくなるんだ。・・・ナメてかかってくる相手には『ナメたきゃ好きなだけナメてくれ。ナメなきゃ俺の味がわからないだろ』ぐらいに思っていればいいんだよ」(188-189頁)

学歴や社会的地位しか自慢するものがない人ほど、基本的に他人をナメてかかってくるような気がします。エリート官僚や大学教授にはこの手の人間がしばしば見受けられます。まともな人もいるんですけど、そういう同僚に学ぶ気はハナからなさそうです。

 また、「話し方の五つの心得」(195頁)として、

1 相手を「喜ばす」こと
2 相手を「傷つけない」こと
3 相手によって「態度を変えない」こと
4 「話題を豊富に」入れること
5 「大きな声で」喋ること

とあります。蓋し至言です。最後の「大きな声」というのは特に大事です。これを入れるところが著者らしいと思います。ところで、この5つの心得を裏返すと、とんでもない嫌な野郎になっちゃいますね。実際いますけど。

(こう書房2010年1,400円+税)

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2011年6月 6日 (月)

大前研一『日本の真実』

2004年の本ですが、本書に書かれていることは実に正しく、その正しい見通しとそれに基づく提言が、これまた今日に至るまでほとんど日の目を見ていないということに驚かされます。2011年の今読んでも何も変わっていないどころか、事態はいっそう悪化しています。

世の中に正しいことを見通し、具体的な提言までしてくれる人は、そんなにたくさんいませんが、そういう提言が実行されないということについては、新たに社会学的なテーマが見出せそうです。

著者はその原因もよく見えていて、政・官・財にマスコミと御用学者の「鉄のペンタゴン(五角形)」に加え、さらに検察、国税、弁護士のような、本来正義感で動くべき期間も取り込んで「鉄のオクタゴン(8角形)」の利権システムがその中心にあるといいます。これでもはや「今では政府にたてつく人も組織もほとんど見あたらなくなってしまった」(17頁)のです。

最近の検察スキャンダルも、この流れの中から起こってきたことがよくわかりますね。

もっとも、著者はこうしたことを単なる印象ではなく、しっかりした実証データに基づいて発言しているので、たとえ結論ににわかに納得できなくても、少なくともその数字については付箋を貼っておいて後でじっくり考えることができます。

どんな数字があるかというと、たとえば、バブル後の10年で銀行救済に使った公的資金が約48億円、
預金者に支払うべき金利を自身の不良債権処理に使った金額が約50兆円、あわせて100兆円近くものお金が銀行のために使われた(32頁)ということなどです。

このことを考えると、造幣局で2兆円を刷って地震の被害者に配れと日垣隆氏が言っていましたが、確かにマクロ経済には影響しないくらいの誤差の範囲です。数字をしっかり押さえて論理的に考えることの大切さを教えられます。

日本人は「集団IQ」がどんどん低下しているように感じると著者はいいます(33頁)が、確かにみんな護送船団の中で旧態依然の安楽な夢を見ています。官僚化したところからどんどん腐っていっているのが今日のわが国の企業に共通する傾向です。

当時よりも状況が悪くなってきているだけに、希望の書とはなりにくいかもしれませんが、勉強になります。まずは自分のいるところをどうにかしたいですね。著者は「国は変わらない」という前提の下に、個人や企業がいかに生き延びるかを考えるべきなのだ」(140頁)と言います。ただ、その企業もまた官僚化してしまっているので、なかなか希望が見出せないでいます。

そうなるとやっぱり個人が生き延びることだけを考えなければいけなくなりそうです。そうならないようにしたいんですけど。組合活動なんかも本来そのためにやっているんですけどね。

(小学館2004年1,400円+税)

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2011年6月 4日 (土)

片桐はいり『グアテマラの弟』

イヤー、これも滅法面白かったです。旅に出て感じ、考えたことをこれだけ過不足なく、それも絶妙なリズムで伝えられる文章力には恐れ入りました。グアテマラの人びとの何ともおおらかな気風に著者が次第に溶け込んでいく様子もさることながら、時折フラッシュバックのようにはさまれる今は亡きお父さんや旅には参加できなかったお母さんにまつわる話も面白かったです。

なるほどこのご両親にしてこの娘とこのグアテマラに住み着いてしまった弟ありなのだということが、あらためて納得できます。子どもというのはしばしば親の受け継いでほしくなかった形質が遺伝してしまいますが、アカの他人からすると結局、変なところや面白いところと言うのは結構受け継いでいるように見えます。

片桐姉弟もそれぞれにご両親のDNAをしっかり受け継いでユニークな人生を歩かれているようです。自分自身のことを振り返っても、兄弟それぞれに親の欠点だけは確実に受け継いでいるように見えます。

こうした旅行記を読むと、旅行好きだった私の母のDNAが目覚めてきます。海外旅行に行きたくなりました。中南米は行ったことがないので、いずれは行ってみたいと思っています。

(幻冬舎文庫2011年457円+税)

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2011年6月 3日 (金)

木田元『反哲学史』

しっかりと原書にあたった人の書いた哲学史。英独仏にラテン、ギリシア語の原書を自在に読みこなす哲学者は世界にもそうたくさんはいません。哲学事典に頼って書かれた通り一遍の哲学史とはものが違います。丹念に原書にあたり、研究書もくまなく読んできた人ならではの鋭い読みが随所に光っています。

理性によって存在の妙を解き明かし、技術によってコントロールしようとした西欧形而上学的な思考は、存在=自然の側からの、そして人間においては身体の側からの曰く言い難き力によって逆襲を受けてきました。

これは現代哲学の直面する課題にほかなりませんが、それはどうやら著者の『現代の哲学』に書かれているらしいので、それはまたそれで読むことにします。

哲学史というジャンルは今まで読んできた古典から現代までの哲学者の著作をあらためて一つのストーリー上に位置づけて、別の角度から光を当てて見せてくれるので、自分のこれまでの読み方が問い直されているということでもあって、スリリングで面白いのですが、本書ではそのおもしろさを十分に味わうことができます。

個人的には、シェリングやマルクスに対する評価の仕方に感心させられました。哲学者の著作から勘所をうまく抜き出してくれるその手際の良さにはつくづく感心させられます。

(講談社学術文庫2000年900円税別)

その過程を版哲学史としてとらえた著者の慧眼はさすがです。

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