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2011年7月30日 (土)

木田元『哲学と反哲学』

本書は著者の専門論文を集めた本なので、読みやすいとは言えませんが、私自身にとっては実に有益な本でした。

特にアヴェナリウスやシェーラー、そしてマッハの思想史的位置づけについて教わるところが多々ありました。アヴェナリウスなんか翻訳がありませんから、ドイツ語を読むのに時間がかかりすぎる私にとっては、こうして紹介してもらうと本当に助かります。

カール・ポランニーはマッハと同様に、アヴェナリウスをそれなりに評価していることがわかる文章もあるので、どんな哲学者なんだろうと気になってはいましたが、本書で少し見取り図の配置がわかってきた気がします。

シェーラーは著作集が出ていますが、ちゃんと読んだことはありませんでした。本書ではユクスキュルとの絡みもあり、思想史上重要な人物だったことがわかります。幸い大学の図書館に著作集があるので、いつかちゃんと読んでみます。さしあたり本書にとりあげられている本を探します。シェーラーはハンガリー思想家とも交流があるので、読んでいくと何か引っかかってくるかもしれません。

著者はしっかり文献を読み込んで、かつ新鮮な解釈を提示してくれます。ニーチェ、ベルグソン、マッハの3人に共通する特徴を「ダイナミックな生の立場からする存在論」(115-116頁)と規定するあたりは実に冴えていて、格好いいです。

同様に、フッサールもハイデガーも「世界の根底にあって、それを支えてはいるが、けっして世界にとりこまれることのない根源的自然につき当たることになった」(73頁)ととらえているところが新鮮で、説得力があります。ハイデガーが「大地」と呼んだあの根源的自然のことです。

こういう読み方は一朝一夕にできるものではありません。日頃著者がどれだけきっちりと真剣にテキストに立ち向かわれているかが分かります。

(岩波現代文庫2004年1100円+税)

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2011年7月29日 (金)

荘司雅彦『最短で結果が出る最強の勉強法』

勉強で行き詰まっている人は是非本書を読んでください。必ず役に立ちます。実践的で具体的なノウハウが惜しげもなく披露されています。

また、いろんなエピソードもためになります。印象に残ったのは、決して教え込まなくて考えさせることに主眼を置く数学塾の話(67-68頁)や、カーネル・サンダースがケンタッキーフライドチキンを創業したのが60代のときだった(123頁)といった話で、感心させられたり、勇気づけられたりする話題が随所にちりばめられていて、読者へのサービス精神が旺盛な著者だと思います。

また、面白くてたまらないというスティグリッツの経済学入門書は私も是非読んでみたいです。英語も平明とのことなので、原書にトライしてみましょうか。

この話の流れは経済学検定の受検へとつながる箇所なのですが、そういう検定があることを初めて知りました。今のところ受けるつもりはありませんが、どんなものか覗いてみようと思います。

(講談社α文庫2011年762円+税)

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2011年7月28日 (木)

坂之上洋子『〈新装版〉犬も歩けば英語にあたる』

著者は最初に本書は英語の勉強の本ではないと断っていますが、比較文化的状況の中で、生きた英語表現がたくさん出てくるのは確かです。著者のアメリカ生活体験の中で印象に残った表現が英文対訳で出てくるのは結果として勉強になります。こういうことは言葉抜きでは語れないですもんね。

で、まあ、まずは比較文化論や異文化コミュニケーションの参考書として学生に勧めたい本の一冊です。CA養成専門学校の学生さんたちなんかには英語の勉強にもなって最適ではないかと思います。

本書ではアメリカの生活習慣やアメリカ人の積極的で合理的な人生観があらためてよくわかりますが、ヨーロッパでもだいたい通用する感じがします(アメリカ人のほうがヨーロッパ人より水平な対人関係を好む感じはしますけど)。その点で応用の効く本です。本書を海外出張の前に読んでおかれるのもいいんじゃないでしょうか。

しかし、お勉強というより、やはり著者の汗と涙と笑いの体験談が何より素晴らしくて、いい本だと思います。ドラマチックでジーンとくる場面もたくさんあります。

これから授業の中でも学生たちにイチオシの本として勧めるつもりです。

(英治出版2011年1,000円+税)

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2011年7月27日 (水)

マックス・ウェーバー『古代ユダヤ教』(下)

この下巻では特に預言者についての洞察が素晴らしかったです。印層的な箇所を備忘録をかねて引用しておきます。

「『旧約聖書』の全内面的構造なるものは予言者の信託によるこの方向づけなしには考えられないのであり、そして、ユダヤ人のこの聖書がキリスト教徒のそれにもなったことによって、また、ナザレの人イエスの使命についての全解釈が、わけてもイスラエルに対する古いもろもろの約束によって規定されたということによって、この巨人どもの亡霊は幾千年を越えて現代のただなかにまで入り込んでいるのである」(799-800頁)

また、本書では旧約と新約との間に使われている言葉や概念が、特にイエスの言葉が旧約の預言者たちのそれをふまえていることがあらためて確認されます。橋爪大三郎がユダヤ教徒キリスト教は「ほとんど」同じという発言をしていたのもこの間の事情によるものだったのだな、と納得がいきます。

それにしてもユダヤ・キリスト教というのは他に類例のないユニークさを備えた宗教だということがよくわかります。あらためて教えられることが山ほどある本です。言及されている旧約聖書の箇所を逐一確認しながら読み直す必要がありそうです。

翻訳についてはすでに触れましたので、別の要望を書いておきます。言語カタカナ表記された特殊用語が頻出するので、用語索引をつけてくれると助かります。

(岩波文庫1996年770円)

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2011年7月25日 (月)

群ようこ『ぢぞうはみんな知っている』

群ようこのエッセーをしばらく読まないでいたら、いつの間にか母上が物欲のかたまりのような人になっていて、驚かされました。母と弟のために都内に家を建てて、お小遣いは毎月50万円あげて、ローンと併せて毎月80万円の支払いとはすごいはなしです。それで本人は賃貸マンションに住んでいるというのですから、これまたびっくりです。

あとは『おかめな二人』に出てきた猫のしいちゃんやビーのこぼれ話や、援助交際マージャンの話とか、体型崩壊とか、笑ったり怒ったり、絶望しそうになったりと、いつもながら勢いのある文章を堪能できます。鋭い観察力を見事に文章化できるところにいつも感心させられます。

ただ、最後まで「ぢぞう」の話は出てきませんでした。この語呂のいいタイトルの由来は何なのでしょうね。文庫本につきものの解説もありませんし、謎です。

(平成18年新潮文庫400円税別)

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2011年7月23日 (土)

マックス・ウェーバー『古代ユダヤ教』(上)(中)

旧約世界の社会学的分析を世界で初めておこなった祈念碑的著作です。今までほったらかしにしていましたが、先日橋爪=大澤対談を読んであらためて挑戦する気になりました。

さすがにウェーバーは只者ではないので、イスラエルが諸氏族の宗教をまとめる形で成立したため、ユダヤ教では厳しく偶像崇拝を禁じることになったとか、慧眼が随所に光っていますが、特に次のようなフレーズはウェーバーらしいなあと思いました。

「この世界の進行について驚嘆する能力こそは、この世界の意味を問うことを可能にする前提条件である」(509頁)

マルクスやフロイトが言っても不思議ではないような現代思想っぽい語り口ですが、ひょっとしたら当時の流行だったのかもしれません。ただし、本書はもっと手堅い文献読解に基づく分析の方が圧倒的に多いです。

そして、その分析の手際の見事さには驚かされます。何せ、さまざまな文化潮流が交錯し、相当ごった煮状態だったところを強引にまとめた旧約聖書ですから、その腑分けする手つきの鮮やかさには名人芸を感じます。最初にこれに手をつけただけでもすごいのに、その後もこれを超える社会学的分析ができるかどうか、というくらいどえらい仕事です。

翻訳は原文の長い文体をそのまま活かして日本語にしていますが、文章として不自然なところはあまりなくていいと思います。ただ、訳語で「プラグマ論」(「プラグマティック」)とか妙な感じの言葉が散見します。カタカナ語も多くて「シェーマ」(「図式」とかじゃダメ?)を連発して損しています。また、日本語で「実らしい」とあるのですが、これも見慣れなくて気になりました。

下巻を読んでからまた書きます。

(岩波文庫1996年上720円中620円)

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2011年7月21日 (木)

群ようこ『おかめな二人』

ひょんなことから拾ってきた猫を買うはめになった著者の愛と格闘の日々が綴られています。以前著者の名作『トラちゃん』(集英社文庫)を読んだ時にも感心したのですが、猫の仕草や行動をこれだけ愛情をもって観察している人はそういないのではないでしょうか。

そのせいか本書のオカメ猫のしいちゃんは思う存分著者に甘えて、したい放題しています。どんなことをしても結局可愛くて許してしまうところが猫好きの弱点かもしれません。

私も昔両親が6匹の猫を買っていましたので、猫の様子や行動パターンはある程度分かっているつもりですが、トラちゃんも、このしいちゃんも飼い主に向かってその日の出来事について延々とお喋りをするというのが新鮮でした。聞かれたくないことを聞こうとすると無視したりもするのですから、何かが通じてはいるのでしょうね。

私も今後機会があったら猫のおしゃべりを聞いてみたいものです。

(幻冬舎文庫平成16年495円+税)

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2011年7月19日 (火)

川上弘美『龍宮』

主人公が異界からやってきたり、あるいはいつの間にか異界に溶け込んでしまったりと、川上ワールドの住人たちはいつもふわふわしています。性の描写もしばしば出てくるので(苦手ですが)、これを通じて作者は何を言おうとしているのかと考えていたら、わけわかんなくなりそうです。
 たぶんありえない不思議な設定の中からある種のリアリティがたちのぼってくるような「うそばなし」(本人談)なのでしょう。メッセージはたぶんありません。それでいて、これを見事な文章で読ませてくれるところがこの作家の畏るべきところです。
 こんな小説を1編だけ、かの折口信夫が書いていたと思いますが、読み返してみないと何とも言えません。ちょっと禅竹の作品のような感じもしますが、これも丹念に読んでみないと何とも言えません。日本文学で近い世界を書いている人はそれなりに思い当たりますが、文章はこんなに見事ではなかったように記憶しています。インテリにファンが多いはずです。
 でも、だからといって作品の深い思想を語ったりするのはナンセンスですし、それを裏返したかのようにポストモダンの作品として論じるのもあざとい感じです。たぶん著者はその手のあざとさとは無縁なのだと思われます。
 こんなふうに、ほとんど何も考えていないようでいて、ひょいっとこんな作品世界を創造できてしまうというのが、実は日本の(特に女流の)文学的伝統なのかもしれません。

(文春文庫2005年438円+税)
 

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2011年7月16日 (土)

三苫民雄『人びとのかたち 比較文化論十二講』

すみません。拙著の紹介です。私の本にしては破格に読みやすいものとなりました。通信教育で比較文化論を担当しているので、学生に向けて語りかけるつもりで「です・ます」調で書きました。

私の講義ですから話題はあっちゃこっちゃに飛んで、異文化衝突の結果として生まれた音楽ジャンルとしてジャズの歴史を取り上げてみたり、比較文化論のモデルケースとしてハンガリー文化を紹介してみたりしています。

文化の根底にある宗教の理解を意図して、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の概説もおこなっています。わが国の無宗教的態度の特異性や、「やまと教」(ひろさちや)的行動様式、あるいは鈴木大拙の「日本的霊性」の話もします。

読者の皆さんに対して、より高度な議論展開への手がかりを提供できたらという思いで書きましたが、はたしてうまくいっているでしょうか。とにもかくにも楽しんでいただけたら幸いです。

アマゾンでは一時的に品切れ状態になっていたそうですが、入れた部数があまりにも少なかったからではないかと想像します。今は大丈夫のようです。ここをクリックしてみてください。

(ふくろう出版2011年1500円+税)

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2011年7月15日 (金)

橋爪大三郎×大澤真幸『ふしぎなキリスト教』

これはいい本です。入門書としてもいいですし、キリスト教信仰をめぐる知識の整理にも最適です。クリスチャンにも読んでもらいたい本です。

とにかくキリスト教食わず嫌いの日本の風土で、信仰の立場からではなく、わが国の一般の人びとの視線からキリスト教徒は何なのかということを可能な限りわかりやすく説くと同時に、それに鋭い社会学的分析を加えています。

基本的には大澤真幸ができるだけ素朴な疑問を提出し、橋爪大三郎が丁寧かつ明快に答えるというスタイルですが、大澤真幸の質問も時折非常に鋭く、また、奔放で答えにくいものがあるのですが、これに橋爪大三郎が当意即妙の見事な答えを与えているように見えます。この即興性のため、本書全体が知的に引き締まった感じになっています。

で、やはり橋爪大三郎の大胆かつ精妙な説明には感心させられます。ユダヤ教徒キリスト教が「ほとんど同じ」という答えを出したりするのは、実は丁寧に聖書を読み込んでいないと出せない答えですが、そのあたり見事だと思います。

イスラエルの歴史から旧約聖書、新約聖書、中世ローマ教会からプロテスタンティズムまで、これ一冊で概要がわかるのはありがたいですし、巻末の参考文献を手がかりにさらに自分で読み進めていくこともできます。

いい本でした。一家に一冊どうぞ。

(講談社現代新書2011年840円+税)

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2011年7月12日 (火)

川上弘美『センセイの鞄』

この作家らしい恋愛小説です。こういう微妙な人情の機微を描くのが本当に見事です。世の中のお年寄りに希望を与える設定ですが、実際にこういう相手と恋愛関係になるのは面倒くさそうです。女性も男性も。

この普通に考えると面倒くさそうな、よく言えば個性的な登場人物たちだからこそ、こういう物語が成立するのでしょうけれど、構成も周到で細部の描写も絶妙で、気がつけば物語の最後までうまーく連れて行ってくれます。

途中でこの世ともあの世とも付かない世界に入り込んでしまう場面もあって、気がつけばたんなる恋愛小説ではなくて、いつもの川上ワールドだったりもします。そちらに行きっぱなしなのも困るのでしょうから、それはまた別の作品で堪能することにします。

(文春文庫2004年533円+税)

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2011年7月10日 (日)

川上弘美『溺レル』

恋愛小説は苦手ですが、著者のそれは生々しく、いやらしくならないのが不思議です。ダメ男や退屈な女性が出てくるダメ恋愛ですが、こんな恋愛の機微が文学に昇華されるのは著者の文章の力でしょうね。

とりわけ500年来付き合っている男女の話や、心中で先に逝ってしまった女性の言葉で綴られる短編は独特の雰囲気が素敵です。

ただ、生々しくないとはいえ、性愛の描写は個人的には好きではありません。まあ、これは好きな人もいるでしょうから、割り引いて考えてください。

それはそれとして、毎度のことながら文章が本当に見事だと思います。

ところで、著者の小説はインテリが競うように解説を書いていますが、本書の種村季弘の解説はなかなかいい感じです。ポストモダン思想にからめたら大抵失敗しますが、そんなバカなまねをしないところがさすがです。

(文春文庫2002年429円+税)

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2011年7月 8日 (金)

川上弘美『蛇を踏む』

寓話のような不思議な小説です。気持ちの悪い設定にもかかわらず気持ち悪くなく読ませるところが独特です。後書きによると著者本人はこの手の作品を「うそばなし」と呼んでいるそうですが、シュールな話が見事な文章でつづられていて、軽く酔っぱらったような気分にさせられます。おそらく作家の術中に落ちているのでしょう。

著者の小説はわりと最近書かれた『真鶴』から読み始めたので、こうして初期の短編や中編を読んでみると、他者との境がなくなるような小説世界の核のようなものが詰まっていることがわかります。蛇の世界に引き込まれそうになったり、存在が消えかかったり、小さくなったり、ふくれあがったりするのは、これといった教訓めいたものが暗示されているわけでもなくて、ただただ美しい文章とともに堪能すればいいようです。

著者の小説世界はそこはかとなく怪しくて美しい世界が繰り広げられているのですが、それは毒にも薬にもなりそうにないようでいて、意識の奥底でしっかり毒にも薬にもなってしまうようなところがあります。

著者の文章の美しさと表現の適切さにはつくづく感心させられます。著者がどんな本を読んでこういう文体に到達したのか興味があります。エッセー集も読んでみなければ。

文体といえば、解説の松浦寿輝の文体が随所に教養をちりばめた一昔前のインテリのそれなので、すでに古くなりつつあります(懐かしい気もします)が、著者のそれは今後も古くなりそうにありません。やはりフィクションの力は強いですね。

(文春文庫1999年419円+税)

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2011年7月 7日 (木)

養老孟司『読まない力』

著者の時評を集めた本なので、すこし前の事件が話題になっていますが、2002年の東電の不祥事隠しとか、美浜原発事故への関電の対応とか、原発の現状につながる問題が当時からぽつぽつととりあげられていたことがわかります。

そして、当時から今日に至るまで結局ちゃんとした対応がなされてこなかったことが、残念ながらよく分かります。著者は言います。

「[原発事故防止の]問題がいわば政治化して、肝心の現場がお留守になっていないか。現場の人間への待遇が悪いと、ちゃんとした人が育たない。とくに最近の日本の世相では、それが心配である」(60頁)

その心配どおりになってしまったのが、今回の事故の一面です。自己のたびに原子力の専門家を出世コースから外し、ついに電力会社の幹部に原子力の分かる専門家が一人も入っていないという信じがたい状況ですから。

ところで「読まない力」とは何かというと、今ここで虫を観察し、捕まえるように、何が起こるか分からない状況を楽しんで生きることのようです。すべてを見通し、すべてに備えて来るべき未来に戦々恐々として生きていくよりは、そちらのほうが今日は少数派だとしても、大昔から人間本来の行きかただったのではないかと思えてきます。

著者自身次のように述べています。

「先が見える道と見えない道と、どちらを選ぶかといわれたら、私はよく見えないほうを選んできたような気がする。それがよかったかどうか、神様しかわからない。しかしともあれ、退屈だけはしないで済んだ」(187頁)

こんなふうに腹をくくっているところがいいですね。このあたりが凡庸なインテリとは違って、なかなか格好いいと思います。

(PHP新書2009年680円税別)

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2011年7月 6日 (水)

養老孟司『真っ赤なウソ』

柄のないところに柄をすげて、それはおかしいと唱える著者の面目躍如たる本です。王様は裸だと唱える虫好き少年の目から見るとこうなるのかもしれません。

もちろん著者は大人なので虫の世界だけでなく人間の世界の生態もよく見えています。これを虫を見るように見てみると、やはり普通のウソで固めた世の中の妙なところがよく見えるのでしょう。

今まで他の本でも著者が述べてきたことですが、本人が死後献体したいと言っていたのにもかかわらず、これに反対する遺族の中には、生前の本人と仲が悪かった人が含まれているという例は、「今度は俺のいいようにしてやろう」(152頁)という権力欲なのだという指摘が印象に残りました。この手の意地悪は大学ではしょっちゅうありますので、これが権力欲なのだという主張にも十分納得がいきます。

また「みんなが庶民であると、ひょっとした瞬間に、特権的立場になってしまうことがあるんです。人は状況によって権力者にもなるんです」(156頁)という指摘もその通りだと思います。「いまの世界で一番怖いのは庶民」という見出しはもっともです。この実例は巷にあふれていますから。今度『権力の社会学』を書くときに参考にさせてもらうつもりです。

著者の本は話の飛び方が唐突なところがあるのですが、慣れてくると、これがかえって快感に変わります。これはしゃべりおろした本だからでしょうか。書いていてそうなるのでしょうか。ま、いずれにしてもスリリングで面白いと思います。

(PHP文庫2010年457円税別)

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2011年7月 5日 (火)

土屋賢二『人間は考えても無駄である ツチヤの変客万来』

爆笑の対談集です。いつもの鋭い突っ込みの助手なんかが出てきて、架空対談かと思いましたが、助手はともかく、少なくとも対談相手はどうやら実在の人物のようです。

確信が持てないのは、ボケとか突込みがみんなツチヤ流にすっとぼけて面白いためです。留学先で知り合った研究者とか、バンド仲間とか、同僚の先生とかが登場しますが、みんなほとんど悪ふざけに近いようなノリで和気藹々と楽しんでいます。

エッセーもそうですが、ここから何か得られることがあるのかというと、ないのかもしれません。でも、このアバウトなおおらかさととぼけ方が、悩まない生き方を示唆していて、いいです。ここから仏教的な悟りを得ることがあるとしたら、著者の功績かもしれませんが、それも笑いにすっかりかき消されてしまいそうです。

深い思想もこれくらい笑いに満たされていたら、もうわけがわからなくなります。著者恐るべし、です。

『ツチヤ教授の哲学講義』を読んで確認しようと思いつつ、まだその目的を果たせていません。しかし、いずれにしても結果として笑えるのはいいことですし、笑いを創造するのは、哲学で難しい顔をして見せるより、はるかに難しいことだと思います。

(講談社文庫2009年448円+税)

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2011年7月 4日 (月)

養老孟司『養老訓』

機嫌のいい年寄りになる心得が書かれています。冒頭に著者の講演会で不機嫌で笑わない年寄りの話しが出てきますが、そういう人が実際いるんですよね。中には講演を聴く前からアンケートに悪口を書き始めたりする人もいます。しばらくして講師が抱腹絶倒の話をしたりすると、そんな話を最初にしないのはけしからんとか書いていたりするので、もう誰だかわかっちゃいます。あとでスタッフから地元で有名な暴走老人だと教えられたりします(これは私がある講演の司会者として目撃したことです)。

こういう人は手が付けられないのですが、本書ではそんな老人にならない方法が具体的に書かれています。著者は「私は年をとって良かったなとおもうことがたくさんあります」(184頁)と言います。また、「最近、大抵の人がみんなかわいく思えるようになってきました」(186頁)とも。

良い老い方だと思います。こだわりを捨てるとこんな好々爺の境地に入れるのかもしれません。

でも、それなりに著者は言いたいことは言っていて、現実と憲法があっていないからといって即座に憲法改正を叫ぶのも、護憲を叫ぶのもどちらも「憲法というものに縛られているという点では同じ」(164頁)とも見ていて、そうではなくて、現実に対処するときに両者よりも強い論理が必要となる状態のほうが、つまり、議論を重ねたほうがよいという立場を披露しています。

こういう大人の対応をちゃんと言える人は貴重です。たんなる好々爺だけでは終わっていません。こういう老人の意見に耳を傾けなければいけません。

(新潮文庫平成22年362円+税)

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2011年7月 3日 (日)

川上弘美『おめでとう』

読む度に不思議な小説世界に感心させられます。普通に起こりそうな人と人との心のつながりが、実にいい感じで描かれています。恋人や仲のいい友人と一緒にいると、相手の気持ちになってみたり、相手が乗り移った気持ちになってみたりと、いわばポストモダン的な感覚になることがありますが、そこんとこ、こんなふうに表現できるのですね。

ベタな不倫の関係も、おとぎ話ないしは怪奇譚の中での純愛も、気の合う女友達同士の友情も、みんな著者の小説世界にあっては、はかなくも切なく美しい一瞬を垣間見せてくれます。なるほど、純文学というのはこんなところに潜んでいたんですね。

解説によれば著者の作品はフランス語訳も出ているようです。この感覚はフランス人にはとりわけフィットするような気がします。

そういえば、日本の現代小説をハンガリー語訳している教え子がいるので、何かの機会に著者の作品を薦めてみます。

(文春文庫2007年400円+税)

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2011年7月 2日 (土)

島田洋七『がばいばあちゃんの笑顔で生きんしゃい!』

がばいばあちゃんシリーズ第二弾です。文庫書下ろしなんですね。単行本で出して文庫化するというのでなくて、いきなり書き下ろしてしまうところが、お金にこだわらない著者らしい気がします。

本書では、がばいばあちゃんをめぐるエピソードが前作よりもさらに詳しく語られています。佐賀のばあちゃんの家で同居していた知的障害の叔父の話は本書で初めて読みました。著者も叔父を守ろうとしていじめられたりしますが、逆襲してかえってガキ大将の地位を獲得したりもします。

それにしても、このがばいばあちゃんのキャラクターにはいつも驚かされますし、読んでいるこちらも元気が出てきます。それぞれの言葉に味わいがあります。

「貧乏人が一番やれることは、笑顔だ」
「好きに生きないとダメ。自分の人生だから」
「自分がいちばん分からない。ひとのっことはよく分かる」
「二、三人に嫌われても、反対を向けば一億人いる」
「悲しんだらあかん。逝かれん」
「死ぬまで夢を持て! 叶わなくても、しょせん夢だから」
「金、金と、言うんじゃなか。一億円あったって、金魚一匹つくれんばい」

といった感じで、各章のタイトルにもなっていて、著者の解説が入る組み立てになっていますが、がばいばあちゃんのこれらの言葉は、それぞれに発想をうまく転換して難局を切り抜けることに役立つ気がします。
お金の問題と愛情の問題をうまく解決するにはこうした知恵が必要なのだと思います。間違っても一家心中なんかしてはいけません。

続編も読まなきゃ。

(徳間文庫2005年514円+税)

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2011年7月 1日 (金)

柳澤桂子『永遠のなかに生きる』

美しい本です。文章が美しいだけではありません。画家福井爽人の画集としても楽しめる本です。著者お気に入りの画家だそうですが、なるほど自然の事物が丹念かつ斬新に描かれた日本画です。日本画の技法や素材が十分に生かされている気がします。

読んだ本は文庫版なので、単行本を探して、もう少し大きな絵を楽しみたいと思います。それにしても、こんな美しい本を作った編集者もさぞかしやりがいがあったことでしょう。

本の内容は前半が自然と生命あるいはそれを支える死の歴史で、後半は折にふれて著者がいろいろなところに書いてきたエッセーからなっています。しかし、寄せ集めのエッセー集という印象ではなくて、書き下ろしのようにまとまった内容です。たぶん普段から著者が一貫して考え続けているテーマがあるためでしょう。

私も将来自分の本を、気に入った画家の挿画と気に入ったデザイナーの装丁で出せたらいいなあと思います。画家もデザイナーもすでに勝手に決めてあるのですが、問題はそれに見合うだけの内容が書けるかということです。まだまだ修行が足りません。

それはそうと、とにかく一家に一冊置いておきたい本です。単行本を注文します。

(集英社文庫2009年600円+税)

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