川上弘美『蛇を踏む』
寓話のような不思議な小説です。気持ちの悪い設定にもかかわらず気持ち悪くなく読ませるところが独特です。後書きによると著者本人はこの手の作品を「うそばなし」と呼んでいるそうですが、シュールな話が見事な文章でつづられていて、軽く酔っぱらったような気分にさせられます。おそらく作家の術中に落ちているのでしょう。
著者の小説はわりと最近書かれた『真鶴』から読み始めたので、こうして初期の短編や中編を読んでみると、他者との境がなくなるような小説世界の核のようなものが詰まっていることがわかります。蛇の世界に引き込まれそうになったり、存在が消えかかったり、小さくなったり、ふくれあがったりするのは、これといった教訓めいたものが暗示されているわけでもなくて、ただただ美しい文章とともに堪能すればいいようです。
著者の小説世界はそこはかとなく怪しくて美しい世界が繰り広げられているのですが、それは毒にも薬にもなりそうにないようでいて、意識の奥底でしっかり毒にも薬にもなってしまうようなところがあります。
著者の文章の美しさと表現の適切さにはつくづく感心させられます。著者がどんな本を読んでこういう文体に到達したのか興味があります。エッセー集も読んでみなければ。
文体といえば、解説の松浦寿輝の文体が随所に教養をちりばめた一昔前のインテリのそれなので、すでに古くなりつつあります(懐かしい気もします)が、著者のそれは今後も古くなりそうにありません。やはりフィクションの力は強いですね。
(文春文庫1999年419円+税)
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