養老孟司『読まない力』
著者の時評を集めた本なので、すこし前の事件が話題になっていますが、2002年の東電の不祥事隠しとか、美浜原発事故への関電の対応とか、原発の現状につながる問題が当時からぽつぽつととりあげられていたことがわかります。
そして、当時から今日に至るまで結局ちゃんとした対応がなされてこなかったことが、残念ながらよく分かります。著者は言います。
「[原発事故防止の]問題がいわば政治化して、肝心の現場がお留守になっていないか。現場の人間への待遇が悪いと、ちゃんとした人が育たない。とくに最近の日本の世相では、それが心配である」(60頁)
その心配どおりになってしまったのが、今回の事故の一面です。自己のたびに原子力の専門家を出世コースから外し、ついに電力会社の幹部に原子力の分かる専門家が一人も入っていないという信じがたい状況ですから。
ところで「読まない力」とは何かというと、今ここで虫を観察し、捕まえるように、何が起こるか分からない状況を楽しんで生きることのようです。すべてを見通し、すべてに備えて来るべき未来に戦々恐々として生きていくよりは、そちらのほうが今日は少数派だとしても、大昔から人間本来の行きかただったのではないかと思えてきます。
著者自身次のように述べています。
「先が見える道と見えない道と、どちらを選ぶかといわれたら、私はよく見えないほうを選んできたような気がする。それがよかったかどうか、神様しかわからない。しかしともあれ、退屈だけはしないで済んだ」(187頁)
こんなふうに腹をくくっているところがいいですね。このあたりが凡庸なインテリとは違って、なかなか格好いいと思います。
(PHP新書2009年680円税別)
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