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2011年8月 6日 (土)

稲垣良典『天使論序説』

これはいい本でした。天使については神学や哲学でさまざまな議論がなされてきたとは承知していたものの、今まで個人的にはあまり関心がありませんでした。しかし、アドラーの『天使とわれら』やその翻訳者の著書である本書を読んでみて、天使が西洋思想史のみならず、今日においても極めて重要な問題だということがわかりました。

要するに天使というのは「身体なき心」のことで、それは論理的には、精神や意識や知性の神秘的なはたらきの理想的典型状態のことなのです。もちろん信仰者が実態として天使を認識することはありえることですが、そのこととは別に、神の御使いとしての純粋で直接的なコミュニケーションを可能にする知のあり方を想定することは、哲学的思考の補助線として有益です。

それは正義や社会というもののあり方を考える際にも大きな助けとなってくれます。理論的考察というのは基本的にそういったフィクションを手がかりに展開すると、より深い到達点に至ることができると思うのですが、西洋思想のそういった部分をうまく使いこなせる人は、わが国はもとより本家の西洋でもあまり見られなくなってしまいました。

おそらく知識人の関心そのものが、一見して目に映ることやリアルと思われていること、あるいはお金になることにしか向けられなくなっている風潮が関係しているのでしょう。今日の社会科学は実務家にすり寄ることしか考えていない議論が多くて辟易しています。実務家のほうはもっと違う世界や多様な価値観を垣間見せてくれることを期待しているのですが。

大学の授業で学生から天使と聖霊の関係を聞かれたのがきっかけで、天使論の世界に目が開かれました。学生に感謝したいと思います。ただ、天使と聖霊の関係はこれといって定説がなく、それぞれで考えるしかないようです。それはそれで両者は無関係ではありえないので、学生には私の解釈を参考に示した上で、自由に解釈してくださいと言っておきました。

いずれにしてもまた聖書を読むときの着目点ができて、楽しくなりました。

(講談社学術文庫1996年620円)

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