土屋賢二『ツチヤの貧格』
いつも変わらぬ笑いを届けてくれる著者の文庫最新刊です。中1の娘は小学校の頃から愛読していて、気がつけば文春文庫のシリーズを全部読んでしまっています。内容は冗談一辺倒で、毒にも薬にもならないと言いそうになりながら、いや、十分クスリにはなっていることに思い至ります。やはり笑いは最高のクスリです。
その笑いを作ることができる哲学者というのは思えばこの人しかいません。世界広しといえども、ほかにいないのではないでしょうか。笑いの哲学を書く人はいても、その哲学はおそらく大笑いしながら読むことはできないので、それを思うと、すごいテキストです。
笑いすぎて著者が哲学者であることを忘れそうになりますが、ひょっとして本人も忘れているかもしれません。著者が哲学者としてもすごいひとなのかどうかは、こうなってくると実はどうでもよくなるのですが、この次にはようやく文庫化された著者の哲学講義なども読んでみるつもりです。
笑いながら深いとしたら、これはもう大変なものですね、きっと。
著者のユーモアにはイギリス風の自身を滑稽化するタイプのものがあると以前書いたことがありますが、論理がずれていくおもしろさも絶妙です。たとえばこんな感じです。
「告白するが、わたしは教えるのが苦手だ。犬に『お手』を教えることだってできたためしがない。犬だけではない。何人かの人間に試してみたが、やはり『お手』を教えることはできなかった」(116頁)
「若者は死亡記事に何も感じないが、年をとると死亡年齢や死亡者名に敏感に反応し、自分より年下か、死んだのが知り合いかどうか、もしかしたら自分ではないかと思うようになる」(130頁)
というわけで、こんなことを書き続けた週刊文春の連載も500回を超えたそうで、最後にそれについて触れた箇所を引用しておきます。
「今回で本連載が五百回を迎えた。わたしが今までに謝罪した回数に比べればたいした回数ではないが、これまでに週一回ずつ欠かさず五百回続けたことと言えば、連載の他には、毎週日曜日を迎えたことぐらいしかない」(144頁)
今後も末永く健筆をふるっていただきたいものです。
(文春文庫2011年476円+税)
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