福沢諭吉『福翁自伝』
福沢諭吉がこんなに面白い人だったなんて、驚きです。この自伝、面白すぎます。また、幕末から明治時代にかけての歴史の証言としても貴重で、いろいろと勉強になりました。
当時は勤王派も佐幕派も攘夷については変わるところ亡く、いち早く咸臨丸でアメリカをみてきた諭吉にとっては元来の政治嫌いも手伝って、実に冷ややかな見方をしています。やがて元武士たちがこぞって新政府の役人になりたがっているときも、決して仕官しようとせず、超然としていました。
それにしても、明治時代のできたての役人たちがすでにして横柄な態度で威張り始めていたことが証言されていて、なるほどその直系の舎弟たちが今やわが国を支配するに至ったと思うと、感慨無量です。
大阪の緒方洪庵の塾での勉強ぶりもすさまじいもので、心底驚かされます。当時の塾生たちは実利的な目的が全くないのに、朝から晩まで世界先進の思想・文化を吸収できる喜びのみを糧にして、蘭学の読解にいそしんでいました。実利的なことにばかり心を引かれてあくせく勉強するようなことでは「決して真の勉強はできないだろうと思う」(113-114頁)とまで言っています。今もほんとうはそうなんですけどね。文科省の役人がこのことを理解しないために、わが国の中・高等教育はほとんど全滅しかかっています。
著者はいつも大いなる科学的精神を持って幼少時から自分の運命を実験台にしながらそのまま大人になってしまったいたずらっ子ようなところがあり、お稲荷さんのご神体を石ころと取り替えて、たたりなんかないことを身をもって示したりすることに始まって、金銭に潔癖なはずなのに藩士としてはやたらといいかげんになるのは(「人間は社会の虫なり」)システムの問題かと考えてみたりします。とにかくよく実験し、考える人です。
私塾で初めて月謝を取ることを思いついたり、自己の著作で出版業も始めてみたりとか、まあ、そのアイデアマンぶりは素晴らしいの一言です。
それにしてもこの諭吉の独立不羈の精神が今日の慶應義塾にあまり残っていないような気がして残念です。たぶん早稲田と並んで私学の雄として官立大学に対抗しようとして、徒党を組んで闘わざるをえなかったことから、気がついたら学閥を作るようになったことが大きいのでしょう。慶應閥の結束の堅さ(とその裏返しの排他性)はすごいですもんね。でも、今日の学閥って諭吉が「親の敵でござる」と言って嫌った門閥と同じでしょう? 創立者は草葉の陰であきれているのではないでしょうか。
あ、これって大学教員の話ですよ。民間人はもっとまともなはずです。もう一回まともな民間人を中心に私塾を作るといいかもしれません。やっぱりこれからは私塾の時代でしょう。
(岩波文庫2008年改版860円+税)
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