土屋賢二『ツチヤ教授の哲学講義 哲学で何がわかるか』
ツチヤ教授の真面目な哲学講義です。しっかり哲学されています。ウィトゲンシュタインの正当な継承者だと思われます。論理哲学論考と哲学探究をしっかり読み込んで、ご自身の立場を鮮明に打ち出されています。
でも、ウィトゲンシュタインのたんなる受け売りではなく、問題を受け継いで、しっかり考えて、ご自身の発見を述べられています。デカルトについて著者は「言語の規則はこうなっている」という主張を述べたにすぎず、世界の真理を探り当てたわけじゃない(210頁)と考えています。「デカルトはわれわれが使っている言語規則をそのままなぞっただけだと思うんです」(同頁)と言います。
というのも、「思う」とか「考える」とかは否定も肯定もできない性質の言葉だからです。「われ思う」に対して「あ、そう」とか「いやその思い方はおかしい」なんて言えないので、そこから哲学を始めることは間違っているというのがウイトゲンシュタインをふまえた土屋先生が言いたいことのようです。
これはウィトゲンシュタインも草葉の陰で声援を送っているのではないでしょうか。先達の言葉を読むなら、先達がその先どう考えたかというところまで読み込んで、はじめて意味があると思います。その点で本書は外国人タレントに尻尾を振る思想輸入業者の本とは明らかに一線を画しています。
結局哲学では「人間とは何か」「生きるとは何か」「存在とは何か」といった物事の本質は解明できないけれども、言葉の働きをよく理解することで、ヘンに狂信的な境地に入っていかないというメリットもあるということがわかります。また、世の中の様々な誤解から解放されて物事を知るにはどうしたらいいかというヒントくらいは得られるという学問だということがわかります。
そこまでわかってしまったところからあの一連の抱腹絶倒脱力感満載のエッセーが生まれるのかと思うと、これまたまことに不思議な気がします。やっぱ、えらい思想家だったんだというのが率直な感想です。
(文春文庫2011年600円+税)
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