土屋賢二『ツチヤ教授の哲学ゼミ もしもソクラテスに口説かれたら』
著者のお茶大での哲学のゼミの実況中継とのことですが、すごいです。しっかり哲学されています。本書で始めて著者の哲学者としての力量が並大抵のものではなかったということが確信できました。
ゼミでは学生の発言がほぼそのまま載せてあるということですが、この質問もよく考えられたいい質問で感心させられます。今どきの女子大生も実にしっかりしています。
知識がほとんど要求されないという環境の中で「考える」ということだけに集中すると、どうあっても物事の本質に迫らざるをえないのでしょうけれど、そこへ思考を導く水先案内人としての著者の問題の整理の仕方は見事です。
その中で著者の分析哲学的な立場も開陳され、正体を隠したままで高見に立ったり、裏に回ろうとしたりするのではなく、あくまで学生と一緒に問題を考えていこうとするところが素敵です。これは大学教員にはなかなかできないことですが、根本的にものを考えなければならない哲学者にとっては必須の姿勢です。著者が真の哲学者だということを私が確信したのもこの点においてでした。
私の細かい専門分野では、この哲学者としての姿勢を持っている人は残念ながらほとんどいません。学会や研究会もありますが、年々足を運ぶのが億劫になってきます。自分が他人よりもいかに優れているかということを誇示したい人たちの集まりになってきているからです。
気取ってみたり、威張ってみたり、お為ごかしにアドバイスしてみたり、あるいはもっと露骨に罵倒してみたりと、様々な手を使ってきますが、哲学の姿勢とは無縁なのです。ご本人はすべてを見通せるような立場に立てるような気がしているのかもしれませんが、その姿勢自体がダメなことにまったく気がついていないのです。
もっとも、専門を異にする研究者たちと話をしていても、いずこも同じ秋の夕暮れで、要するに大学教員からなる学会というのは、根本的におかしいことが平気でまかり通ることがしばしばのようです。こうしてみると、そもそも大学教員という存在に問題があることは否定できないようです。
大学を愚者の楽園とは言い得て妙ですが、その大学の内部の論理が外に出てくると、学会とやらになるのかもしれません。
(文春文庫2011年429円+税)
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