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2011年11月27日 (日)

マイケル・ポラニー『科学・信念・社会』中桐大有・吉田謙二訳

このところポラニーの著作をいろいろと読み返しているうちに、本訳書の存在を知らなかったことがわかり、早速購入しました。私がハンガリーに留学中の1989年に出ていたのですね。

本書は慶応大学日吉メディアセンター図書館から除籍されたもので、古書店で安く入手できました。慶応はこれを除籍にして大丈夫かなあ。美本です。除籍されるまで3人しか借りていなくて、その3人も読んだ形跡がないくらいに中身は新品同様です。

さて、本書を読んでみると、あらためてポラニーの世界観に共鳴するところがたくさんありました。ポラニーが真っ当なクリスチャン・シンカーだということもよくわかります。T.S.エリオットと交流があったというのも思想に共通点が多かったからでしょう。

しかし、1980年代は私自身ポラニーのキリスト教思想についてはピンと来ていませんでした。栗本先生も当時は「聖書をちゃんと読んだことはない」とおっしゃっていたので、そのあたりの要素はすっ飛ばしていた気がします。ゼミではPersonal Knowledge なども読んでいたのですけどね。

私はハンガリーに行くようになった1987年頃から聖書に真面目に取り組むようになったので、日本に帰国してからはポラニーの思想が以前よりもわかるようになりました。まあ、そもそも聖書を知らずにヨーロッパの思想がわかるはずがないのですが、聖書を読むことで、わが国のインテリが長らく西洋のインテリをわかったふりをしていることもわかるようになったのは、面白い経験でした。

わからないことは日本人としてわからないと認めると、そこから素直な展開が望めるのに、もったいない話だとは今でも思っています。でも、素直でない人間は相手にしないほうがいいですね。これ、一般論ですけど。

本書ではポラニーが科学者共同体のメカニズムと規範の生成について一歩踏み込んだ議論をしているところが印象的でした。明るい前向きの思想です。ニヒリズムの対極にあります。これ、わかるんです。

自由な討論をいつも実際におこなっている共同社会は
(1)真理というものがあり
(2)当の共同社会のすべての成員がそれを愛し、
(3)それを追究する義務を負うていると感じて、
(4)実際それをすることができる
という四つの命題に献身しているといいます(137頁)

理想的すぎる命題のようにも見えるかもしれませんが、これは科学者共同体も含む社会全体の話ですから、理論的射程は広いです。人は他者とそれを含む世界を評価し、互いに意志を伝え合う生き物である以上、否応なしにこれらを基本にして生活しているわけです。

読んでいていろいろと励まされる思いでした。読んでよかったです。今書いている本にもこの本書の放っているオーラを投影させたいと思います。

(晃洋書房1989年)


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