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2011年12月 6日 (火)

内田樹『呪いの時代』

呪いを解除するには祝福を、世の中を元気にするには贈答を、という素晴らしいメッセージからなる本です。著者の本は何よりも体感的に納得できるのがいいですね。

フランス思想の身体性やセンスの問題を正しく受けとめると、合気道とも相まって、こんな形になるのかもしれません。分析哲学を吸収すると土屋賢二のユーモアエッセーになるのと同じように、一見意外なものが生まれてくるようで、根底では通じるものがあるのだろうと思います。

著者によれば、「『呪い』の言説が際だってきたのは、1980年代半ば、ニュー・アカデミズムの切れ味のいい批評的知性が登場してきた頃からでした。この頃から、「知性の冴え」がほとんど「攻撃性」と同義にな」ったといいます(16頁)。当時私は大学院に行っていたので、この空気はよく知っています。

その頃は「『こんなことも知らない人間に、この論件について語る資格はない』と切り捨てる態度に出る学者がたくさんいました」(11頁)とありますが、今も研究会などに出てみると、当時の若手が今や重鎮となって、同じ口ぶりで攻撃してきます。

著者はこれに対しては「自分の知っていることは『知るに値すること』であり、自分が知らないことは『知るに値しないこと』だと無反省的に信じ込める学者のことを僕は端的に『学者の腐ったようなやつ』と呼んでいました」(13頁)という対抗策をとられたようです。なるほど。

で、その手の呪詛の言葉を他人に投げかける人は(驚くほどお粗末な論理と、驚くほど汚い言葉遣いによって)、ほとんど神の立場から断罪してくるのです。著者によると、そうした「全能感を求める人はものを創ることを嫌います。創造すると、自分がどの程度の人間であるかがあからさまに暴露されてしまうからです」(19頁)。私もそういう人を何人か知っていますが、確かに年齢の割にはあまりパッとした業績はありません。可哀想な人たちです。

著者はこれから経済が「ぐるぐるものが回る」互恵的な「贈与経済」に変質してくるという予測を立てています。そうなると面白いですね。経済成長はしませんが、やたらとチップとか心付けが横行してサービスがよくなったりするかもしれません。そして、何らかの「お返し」をしなければという人びとが、とにかく経済的には無性に見える行為を熱心にやるようになるというのが、ある意味で経済の本来の姿だからです。

思えば私が主催している無料のハンガリー語講座もかれこれ10年近くになるのですが、元々ハンガリー政府から奨学金をいただいて留学したということがなかったら、開かなかっただろうなあと思います。もうほとんど永遠の恩返しの気持ちでやっています。

ほかにもレヴィナスのメッセージなど、たくさん刺激的な話があります。これからいろいろと頭の中で反芻したい内容です。

(新潮社2011年1400円税別)

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