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2011年12月25日 (日)

アダム・スミス『国富論Ⅰ』大河内一男監訳

初めて読みますが、さすがに近代経済学の開祖の本だけのことはあって、経済の重要な問題がしっかり論じられています。最初から後にリカルドが展開した比較生産費説が素朴な形ながら展開されていて感心させられました。

この第1巻における利子や賃金の話などにも随所に慧眼が光っていて、あらためて只者でないことがわかります。あらためて『道徳感情論』の退屈さは何だったんだろうと不思議になります。

もっとも、最後のところで大量の貨幣の流入が利子率に影響しない旨を、アダム・スミスの親友D.ヒュームの『市民の国について』に触れながら述べていますが、そこで、ヒュームの翻訳(岩波文庫小松茂夫訳)の該当する箇所を読んでみたら、ヒュームのほうがさらにオリジナリティにあふれていました。スミスもたいしたものですが、あらためて「ヒューム畏るべし」の感を強くした次第です。

それにしても、新大陸から略奪してきた富がヨーロッパに流れ込んでくることで経済が活性化したのは事実ですが、考えてみると不思議な現象です。これもまたバブルですもんね。そもそも、経済現象が本質的にバブルだということもよくわかります。ジョン・ローが編み出した紙幣というシステムもそうした危うい基礎の上に成り立っているのですが、経済史上の事実とつきあわせて論じると、このあたりよくわかってくるんじゃないでしょうか。

ヒュームは先の著書の中で物価を漸増の状態に保つ政策がベストだと言っています(60頁)。さすがですね。スミスが第2巻以降でどんなことを言うのか楽しみです。

(中公文庫1978年895円+税)

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