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2011年12月10日 (土)

橋本治『勉強ができなくても恥ずかしくない』

そうなんです。ただ、大事なことは、主人公のケンタくんが大学に入ってから気がついたように「小学校や中学校や高校の勉強は、そういうことができるようになるためにするもんなんだな」(237−238頁)ということなのです。

この「そういうこと」とは「自分の考えたいことをきちんと考える」ということです。でも、これができるようにならない人のほうが絶対多数です。学者でもそうなんです。外国の学者が問題設定をしてくれて、答えまで示してくれたのを引き写してようやく仕事をした気になっている人がわんさといます。どうかすると他人の褌で相撲を取りながら、自分で考えた気になっている人までいるくらいです。

まあ、勝手に幻想の世界を泳いでくれていたらいいと思いますが、そういう人が威張ったり、やたらと自分の出身学校閥以外の人に攻撃的だったりするのは勘弁してほしいですね。ただ、いろんな研究者に話を聞くと、どこの学会もそんな感じみたいですね。

本書はほとんど自伝のような小説です。今までにも著者の同様のエピソードを細切れには読んできましたが、ここまで等身大の主人公が登場する学校小説はそんなにないんじゃないでしょうか。自分もそうだったなあということがたくさんあります。とりわけ勉強がわからなくなったときのつらさはよくわかります。

その中で懸命に物事を考え、決して大げさではなくて「人の生き方を追求している」主人公ケンタくんの姿はいいなあ、すがすがしいなあと思います。たくさんの小中学高校生に読んでほしい本です。もちろん大人もですけどね。

(ちくま文庫2011年780円+税)


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