『中高バックス 世界の名著46 コント スペンサー』清水幾太郎責任編集
社会学の本を書くためにあらためて読み直しました。コントは自分で科学の体系を作り、その先端部門に新たな学問としての「社会学」を構想しました。人間の精神は神学的時代から形而上学的時代へ、そして、科学的実証の時代へと発展するといういわゆる「3段階の理論」で、科学的なアプローチによって社会を再編する柱となるのが社会学というわけです。
マルクスがコントの著作を毛嫌いしていたというのはよく知られていますが、ヒューマニストで科学主義的なところは同じ時代精神の申し子で、むしろ近親憎悪みたいなところがあったのでしょう。マルクスはアダム・スミスをはじめ、たくさん仮想敵がいて、何が何でも自分が一番優秀でなくてはいけない人だったようなので、気の休まる暇がなかったことでしょう。
コントの場合は「人類」を実証科学の最高概念として位置づけています。人類は「神」からスコラ哲学の「自然」そして実証精神の段階に至って「人類」を価値の中心に置くようになると見ています(166頁)。コントが後に「人類教」という宗教を開くようになるのも、すでに早くから着想は得ていたことがわかります。
スペンサーのほうはコントよりも世代が後になり、イギリスの産業革命期に活躍しただけあって、かなり楽観的です。科学についてもコントよりも冷静な見方をしています。宇宙の始まりから生物進化まで、自然界の森羅万象すべてを貫く「進化」の概念はほとんどファンタジーに近いのですが、当時の時代の空気を反映した用語として、ダーウィンの進化論の露払いをしました。この独自の進化の概念を社会に適応して「社会進化論」の提唱者となります。
しかし、ダーウィンの『種の起源』のインパクトが強すぎたため、ダーウィンの進化論を社会に適用したと誤解されて、本人はさぞかし不満だったことでしょう。その点、気の毒なところはありますが、著作はハッタリをきかせた派手な読み物として読者サービスをかなり意識していたところがあります。
スペンサーは不可知論の立場なので形而上学的問題は科学では解けないと明言しています。でも、科学の限界を知るからこそ人間知性の矮小をよく知ることができるという、コモンセンスを活かした正当な考え方をしています。コントみたいに「人類」を宗教的に崇拝するわけではないので、今回読み直してみてあらためて好感を持ちました。
コントもスペンサーも市井の知識人なので、アカデミズムに対してはいろんな複雑な思いがあったことでしょう。でも、当時の科学・学問を総合的に欲張って論じることで、思想家としてはいろんなところに影響を残しています。テーマを限定した学術論文のスタイルではおそらく後の社会学の発展に寄与することすらできなかったでしょう。
(中央公論社昭和55年1300円)
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