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2012年1月26日 (木)

E.デュルケム『社会分業論』(上)(下)井伊玄太郎訳

デュルケームのデビュー作。学位論文です。1893年に出版されています。コントとスペンサーの影響を受けつつ、集合意識についての着眼点についてはすでにこの頃から見てとることができ、それは今でも光っています。

コントとスペンサーについてはかなり批判もしていますが、とりわけスペンサーにはしつこく絡んでいます。理論的にはかなり影響を受けているだけに気になっていたのでしょう。環節社会なんて妙な生物学的比喩を思いつくのが実はスペンサーの影響を脱し切れていない証拠なんですが。

枠組みとしてはゲマインシャフトからゲゼルシャフトへという言い方はしていませんが、先行研究としてテンニースに全く触れていないのが感心できません。1885〜86年とドイツのヴントのもとで勉強していただけに、1887年のテンニースの本を知らないのは不自然です。論旨も協同組合に期待するなんてところが、むしろ隠したくなるくらい深刻な影響を受けていたのではないかと思えてきます。

また、アダム・スミスには言及しながら分業を経済学的に見ることは考えてもいないみたいです。スミスの国富論を本当は読んでいなかったのかも知れません。富に狂奔する人びとも立派な社会学的対象になると思いますが、デュルケームの問題意識には存在しません。

民族資料やイギリスのH.S.メインについては正確にフォローしていますし、法律や制度にはマニアックなまでの関心を示しているだけに、デュルケーム本人が触れなかったテンニースと、読まなかったらしいアダム・スミスのことが気になる本です。

そういえば、フランスのポストモダンの思想家たちが、読んでいるはずのアドルノとホルクハイマーの近代理性批判を無視したりとかしていたことを思い出してしまいました。こういうのフェアじゃないので嫌いです。

(講談社学術文庫1989年上900円下800円税込)

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